2021/7/28 はじめてのクラシック 中学生・高校生のために

ぎばーノート~ギバー(Giver)という生き方の記録

7月27日に、「はじめてのクラシック 中学生・高校生のために」を聴きに、妻と次女の3人でサントリーホールに行ってきた。

東京交響楽団による演奏で、指揮者は小林研一郎、バイオリン独奏は吉村妃鞠である。(なお、吉村妃鞠ちゃんについては、「2021/6/9 合唱団に行ってきました」にも書いている。)

曲目は、すべてチャイコフスキー。以下の通りである。

  • 序曲「1812年」 変ホ長調 作品49
  • ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
  • 交響曲第4番 ヘ短調 作品36

すべて有名な曲なので、クラシックを知らない人でも、一部のフレーズは知っているのではないかと思う。

久々の生演奏を聴いて、やはり音楽はライブが最高だと思った。今はCDの音質も文句なく素晴らしいため、仮にオーディオを最高級のもので揃えたら、ステレオから響く音も感動的だが、どうしても音量の制限は避けられない。

序曲「1812年」は、ナポレオンのロシア遠征について書かれた曲と言われている。ナポレオンはロシアに深入りして敗れそこから凋落する。フランスとロシアの国歌やロシアの民謡が登場し、熱く激しい曲調で、大砲や鐘まで登場する。合唱付きもあるが、今回は楽曲のみであった。

解説はもう、インターネット上でありとあらゆる人が行っているので、これ以上は割愛する。是非聞いてほしいので、YouTubeのリンクを貼っておく。

なぜか海外の一流オーケストラのYouTube動画は、合唱付きが多いため、「洗足学園音楽大学の演奏会」のものにする。ちなみに、検索すると小澤征爾がベルリンフィルを振った1993年のライブビデオや、カラヤンの1960年代の演奏、ユージン・オーマンディーなどが気軽に聞ける。

ヴァイオリン協奏曲も有名だ。検索していたら、1年前の2020年の初めてのクラシックで吉村妃鞠さんが演奏しているYouTubeが出てきたので、リンクを貼っておく。残念ながら第1楽章のみである。全曲を通して聴きたい場合は、YouTubeで検索することをお勧めする。たくさん出てくる。

なお、このヴァイオリン協奏曲だが、チャイコフスキーはヴァイオリン協奏曲を生涯この1曲しか書いていない。その理由は、当時最高のヴァイオリニストであるブロツキー教授に楽譜を送ったら「演奏不能」として初演を拒絶されたからだと言われている。

チャイコフスキーは、ピアノ協奏曲でも同じような経験をしている。初演をお願いしようとしていた、ニコライ・ルビンシュテインに草稿を見せたところ、激しく非難されている。ただし、ピアノ協奏曲は、ハンス・フォン・ビューロー(ビューローについては、「2021/7/21 ラグー婦人」を参照。)に評価され、初演が大成功を収めた点は、ヴァイオリン協奏曲と違っている。ちなみにチャイコフスキーは、ピアノ協奏曲をもう1曲書いている。この当たりのドラマが非常に面白い。
(Wikipediaで、「ヴァイオリン協奏曲 (チャイコフスキー)」、「ピアノ協奏曲第1番 (チャイコフスキー)」、「ニコライ・ルビンシテイン」、「ハンス・フォン・ビューロー」と読み進めていくと大変面白い。自分はクラシック音楽でファンであるが、その裏にある物語についてはほとんど何も知らない。人間作曲家シリーズで深堀りする楽しみが残っていることを知った。

最後の交響曲第4番。これは個人的に非常に思い入れのある曲である。中学生1年ぐらいだったと思うが、いつも通り図書館からレコードを借りて、静かにカセットテープにダビングした。当時は、レコードプレーヤーとラジカセはばらばらだったので、録音する際、周りの音も拾ってしまうからだ。

ただこの曲、第一楽章の冒頭のファンファーレを聞いた瞬間から、大嫌いになってしまった。このメロディーがそもそも怖く、かつ金管がヒステリックにがなり立てるので、非常に衝撃的でかつ(自分には)不協和音に聞こえ、二度と聴きたくないという印象を持った。二度と聴きたくないと思えば思うほど、頭の中でガンガンと同じフレーズが周り参ってしまった。そのため、しばらくの間、この曲は封印された。回避したと言った方が正しいかもしれない。チャイコフスキーの交響曲は第5番と第6番の「悲愴」だけに限られた。

ところが、いつだったか忘れた(大分後のことだ)が、怖いもの見たさで聞いたのであろう。この冒頭のホルン(とファゴット)のファンファーレを聴くと、これが妙に病みつきになってきた。そして、他の楽章も聴く余裕が出てきた。第3楽章はかなり特殊で(意図的に)軽く流している感があるが、第2楽章も聴きごたえがある。そして、何といっても第4楽章が、素晴らしいではないか。「これ、聴いたことある!」という人も多いはずだ。第4楽章の途中で、第一楽章の運命のファンファーレが当初と同じ形で再来するところも、非常に印象深い。

音楽を言葉で表すことは本当に難しい。興味のある方は、「交響曲第4番 (チャイコフスキー)」のWikipediaの解説を読んでほしい。メック夫人にあてて「この世は暗黒だけではなく、この楽章で示されているように多くの素朴な人間の喜びがある。たとえ我々は馴染めずとも、その喜びの存在を認め、悲しみを克服するために生き続けることができる」と書いているくだりは、非常に感じ入ってしまう。

さて、その後はこのカセットを聴き返すことになるのだが、それは、エフゲニー・ムラヴィンスキーという旧ソ連の大指揮者がレニングラード・フィルを振ったものであった。これがとにかく素晴らしい名演で、その後も私の中で、チャイコの4番と言ったらムラヴィンスキー以外は、受け付けなくなってしまっている。(後から別の指揮者とオケの演奏を聴くと、毎度期待外れなのである。)

CDの時代になり、ムラヴィンスキーの輸入盤をなかなか安く入手することができず、今、家にはカラヤン指揮・ベルリンフィルのものしかない。
ところが、何とYouTubeにあるではないか。これには、今この記事を書いて一番驚き・感動している。

曲がなじめない場合、最後まで聴くのは苦痛かもしれないが、興味を持った方は是非とも、「チャイコフスキー 交響曲 第4番 ヘ短調 ムラヴィンスキー」を聴いていただきたい。何と言っても、第4楽章のスピードが圧巻だ。もう私には、このスピード以外はあり得ないのである。

全くの蛇足になるが、次女曰く、妻は第3楽章がフェードアウトして切れ目なく第4楽章がスタートした瞬間、びくっと体を反応させたらしい。本人は否定しており、真偽のほどはわからない。