8月に入ってから毎日ジムに通っている。自分はランニングマシーンには馴染めず、それをすると、苦行になってしまうので、ここ数年やっていない。ジムはもっぱら筋トレだ。
ところが、毎日筋トレするのはあまり効果がないという。それは、超回復理論に基づいている。その理論とは別に、行けるだけいってみようかと思い、1日2日と、まんべんなく胸・肩・腕・背中・脚とマシーンを使って負荷をかけたところ、3日目に初日の筋肉痛が襲い始めた。痛くて昨日までの重さが持ち上がらない。
そこで、ジムにいるスタッフ(位置づけとしては、ゴールドジムと違ってトレーナーではない)に聞いて見た。
そのスタッフは見るからに筋肉隆々で、自らトレーニングしているのは明らかであった。彼曰く、
- 筋肉痛があったら、その部位は無理してトレーニングしない。
- トレーニングの理想は3日に1度。
- 毎日やるのであれば、部位別に分けてやるべき。上半身、下半身、これをもう少し細かく分ける。
- 筋トレはやり方がものすごく大事。やり方で効果に天と地ほどの差がある。力を入れて持ち上げるときは一気に上げてよいが、一番大事なのは下げるときや引くとき。ゆっくりと最後まで下げる・引くこと。
超回復理論の是非については、どうやらあまり議論の余地はなさそうなので、超回復により筋肉は肥大することを所与として、メニューを組み立てることにした。
ゴールドジムに通っていた最後の頃は、ベンチプレスは60kgを3セット×10回までできていた。今は、もうその半分も怪しい状況だ。徐々に焦らず負荷を増やしていきたい。
さて、話は一気に変わって、熱中症というのが大変怖いものであることを改めて知った。本日ゴルフに行った。6時44分スタートなので、早朝ではあったが、上がり3ホールはすでに11時頃になっていて、殺人的な暑さであった。
同伴者の1人が大事をとって途中でリタイヤした。それ以上の詳細は割愛するが、検査の結果、熱中症であることが分かった。それも中等症だという。気になって少し調べてみると、以下のようなニュースに出くわした。
男子50キロ競歩で2019年9月の世界陸上を制し、東京五輪金メダルの期待も高かった鈴木雄介選手が6月22日、代表辞退を表明しました。世界陸上の競歩はカタール・ドーハの高温多湿の環境下で行われ、鈴木選手も「熱疲労」(熱中症の一種)を起こしていたとの報道もあり、1年以上、ダメージが続いて十分なトレーニングができなかったようです。
(後遺症についての専門家の回答)
「熱中症」の後遺症があるって本当? 1年以上も、体に影響も? Yahooニュース 2021/7/1
肝機能や腎機能は回復しますが、後遺症として影響が続く恐れがあるのは中枢神経障害です。歩行障害を特徴とする小脳失調(小脳の機能に障害がある状態)、パーキンソン症候群(パーキンソン病の症状とよく似ている運動障害症状全般)が代表的です。中等症の熱中症の場合、中枢神経障害の後遺症は半年程度で回復することがほとんどですが、重症となると1年以上、年単位で継続、もしくは改善しないことがあります。
アスリートでも熱中症にかかってしまうのだから、我々素人は本当に注意しなければならない。ちなみに、私は18ホールで1リットルのペットボトルのお茶を2本飲んだ。これだけの分量となると、単に飲みたいから飲む(のどの渇きに応じて飲む)というのではなく、ある程度意識的に飲む必要がある。結果、トイレで途中に1度小便をしている。
飲みたいときしか飲まない限り、途中でトイレに行くことはない。これは過去何度も経験済である。その補給ペースでは、足りないということだと思う。
ホールアウト後に風呂に入ったが、その時の体重が起床後からなんと1.35kgも減っていた。2リットル飲んで、体から3.35リットルの水分が蒸発したのである。
自分は現在ジムに通って、毎日の徒歩数も概ね1万歩は超えているから、何とか耐えることができた。しかしながら、夏のゴルフはもっと慎重にならないといけないと痛感した。
夜はいつも通り英語のレッスンがあった。今日の先生は、機関銃トークの女性の先生で、矢継ぎ早に質問の嵐がやってくる。(この先生については、「2021/6/18 外国人コミュニケーションのすばらしさ」でも少し触れている。)
依然聞き取れない単語は多いが、心なしか、彼女のスピードについてこれるようになってきた。何より、話したいことがたくさんあって、必死に英語でしゃべくっている自分がいる。熱中症、オートファジー、新陳代謝、それにトランプ、バイデン、中国共産党など。危険な質問が飛んできても、あまりひるまないようになった。尤も自分から政治的な話はしないが、相手が聞いてきたのだから、正直に答えればよいだろうとニュートラルな気持ちになってきた。
数日後、この話の続きを書こうと思う。英語がしゃべれるってどういうこと?これを突き詰めて、画期的な語学習得法を編み出した人の話である。自分も数年前に何となく気づいていたが、私よりもはるかに年下の若者が、それを体系的に実践していた。