【本】『文章読本』 谷崎潤一郎 中公文庫 1975年初版発行

ぎばーブック~ギバー(Giver)からの「本」の紹介

文学★★★

紹介文

文豪谷崎潤一郎による「日本人が日本語の文章を書く心得」。文章とは何か、文章の上達法、文章の要素の3つから構成される。「文章に実用的と藝術的との区別はない。文法に囚われないこと。感覚を研くこと。」その後文章家がこぞって「文章読本」を開陳することになる元祖本。

きっかけ、紹介文より詳しく-引用あり

ブログをはじめようと考え出したのは、昨年の夏を過ぎたあたりだと思う。すでに昨年末に退職することは決まっていて、さて何をやるかと考えている中で、ブログは早いうちから候補の一つになっていた。

ものを書くに当たり、何かしら学ぼうとしていたのだと思う。家に積んであった、岩淵悦太郎氏の『悪文』や枻出版社から出ているブックレット『大人の文章術』を読もうとか。(今現在なお、どちらも読んでいない。)Amazonでとある本の存在に気づき、買おうか迷っていたところ、ブックレビューに「この本を買うのなら、谷崎潤一郎の『文章読本』を読んだ方がずっとよい」みたいなことが書いてあって、初めてその存在を知ったのである。

文章読本で検索をかけると、出てくる出てくる。そこで、まずはレビュアーの意見を尊重して、谷崎本を買った。待ちきれず、その日に本屋に行って買った。ちなみに、何が出てきたのかは、少しお待ちいただきたい。

ところが、なぜかこの本、読もうとしてもあまり進まなかった。先に、斎藤美奈子氏の『文章読本さん江』を読み始めた。同書は、「文章読本と呼ばれる一連の書物じたいに光を当ててみよう」ということで書かれた本で、氏の批判的な観察眼から、数ある「文章読本」にメスを入れるというもの。確かに面白いのだが、これも途中で挫折した。

ちなみに、同書からの引用が、谷崎の『文章読本』の紹介に非常に効果的である。

 谷崎読本だけが今日にまで生き残った理由はなんだったのだろうか。谷崎潤一郎のネームバリューに加え、これは戦後に書かれた文章指南書の影響が大きかったのではないかと思う。よく知られているように、作家が書いた文章指南書は、谷崎以降、タイトルまで文豪を踏襲あるいは模倣するようになった。川端康成『新文章読本』、三島由紀夫『文章読本』、中村真一郎『文章読本』、丸谷才一『文章読本』、井上ひさし『自家製 文章読本』等である。ここまでくれば、文章読本の開祖は谷崎潤一郎であり、文章読本とは当代一流の小説家が書くものという認識が、作家(書き手)と世間(読み手)に醸成されるのも無理はなかったかもしれない。

『文章読本さん江』 斎藤美奈子 ちくま文庫 P16

出てくるとはこういうことである。私は、川端、三島、丸谷をほぼ同時に買った。

今回、谷崎本を意を決して読もうと思ったのは、妙な欲からである。この欲は、自分のなりたい姿を想像する中で浮かんだもので、具体的な話はここでは触れない。そのために、読む必然性が出てきた。

本当に不思議なもので、人間目的がはっきりするとやる気が違ってくる。すいすい読めた。本作品が私を飽きさせない、大変魅力的なものであったことも、興味を加速させ一気に読み切らせた要因であったと思う。

なにかしら文章を書きたい、ものを書くのが好きである、作文は得意である、こういった人は是非ともご一読することをお勧めする付箋を貼った箇所は23にのぼる。

文章の要素の章で「調子について」触れられている。ここでは「流麗な調子」と「簡潔な調子」に分けて論じている。果たして自分がどちら派なのか、言い切るのは難しい。あこがれは後者である。

幸いにして、この調子の文章には志賀直哉氏の作品と云う見事なお手本がありますから、それを繰り返し玩味されるのが近道でありますが、氏の文章における最も異常な点を申しますと、それを刷ってある活字面が実に鮮やかに見えることであります。

(中略)

志賀氏の使う文字は、活字になっても根を据えたようにシッカリと、深く見えます。さればと云って、特に人目を驚かすような変わった文字や熟語が使ってあるのではありません。志賀氏は多くの作家の中でも派手な言葉やむずかしい漢字を使うことを好まず、用語は地味で質実であります。ただその文章の要領は、叙述を出来るだけ引き締め、字数を出来るだけ減らし、普通の人が十行二十行を費やす内容を五行六行に壓縮する、そうして形容詞なども、最も平凡で、最も分かり易くて、最もその場に当て嵌まるもの一つだけを選ぶ、ことであります

『文章読本』 谷崎潤一郎 中公文庫 P136-137

本書は最初から最後まで志賀直哉をべた褒めしている。俄然、私の中で志賀直哉に脚光が浴びてしまった。

作品を読みながら思ったこと-引用あり

読む前に、斎藤美奈子氏の本を読みかじったことで、若干のバイアスが入った。「どれほど人騒がせな本」、「後の文章読本から、猛烈な反撃を食らう」、「矛盾が平気で起こる」という評論を、事前に浴びたからだ。

それでも、この本は非常に魅力的で、かつ非常に勉強になる。実用的でさえあると思う。井上ひさしの逆説的な賛美を引用したい。(ややこしいが、これは斎藤美奈子氏の『文章読本さん江』からの引用である。)

 にもかかわらず、谷崎読本の名声は下がるどころか、いまだに業界ナンバーワンである。この本には愛さずにはいられない何かがあるのだ。後の『文章読本』の書き手も述べている。

 話し言葉と書き言葉の無邪気な混同。大文豪にしてはどうかと思われる、陳腐この上なく、かつ判ったようで判らない比喩など、谷崎潤一郎の文章読本の瑕を数えればきりがない。谷崎読本には食物や酒についての比喩がすこぶる多いが、それはそれとしてそれらの瑕が読み進むにつれてやがて笑窪にかわってしまうのは不思議である。
 井上ひさし『自家製 文章読本』

『文章読本さん江』 斎藤美奈子 ちくま文庫 P49

あまりにも引用したい箇所が多いため困っている。著作権云々を考えるとそれはできない(すべきではない)ので、自分としては、別途OneNoteに記録して、繰り返し読んでみたい。

ここでは、私が日本語というものについて自覚していなかった、大きな発見をいくつか書いてみたい。

谷崎氏は、日本人はよく云えばアッサリしてあきらめがよいと言っている。この性質が国語に影響していると説く。

源氏物語の須磨の巻の一節を引用して、英語翻訳が原文の4行に対して8行だと分析しているところも面白い。「英文の方が原文よりも精密であって、意味の不鮮明なところがない。原文の方は、云わないでも分かっていることは成るべく云わないで済ませるようにし、英文の方は、分かり切っていることでもなお一層分からせるようにしています。」と。

先の志賀直哉の文章に対する谷崎氏の評価も考えると、自ずと自分の目指す方向性が、「日本語らしく・簡潔に」になっていく。(ちなみに、谷崎氏は「流麗な調子」派だ。)

テンスの規則などもないことはないが、誰も正確に使っていない。必ずしも主格のあることを必要としない。日本語には明確な文法がない。だから、何遍でも繰り返すうちに自然に会得するよりほかに方法がない、と言う。そのくだりで、「『でございます』『であります』『です』などの区別も、甚だ微妙でありまして、理屈では何とも片附けられない」と書かれている点に、私は注目した。

文章を読み返すときに、いつもちょこちょこと直すのは、(誤字以外は)この文末であるからだ。

上述の源氏物語の一節を現代語に訳す過程の中で、口語体の持つセンテンスの終りの音に変化が乏しい「缼点」に触れている。

センテンスの最後に来るものが、形容詞か、動詞か、助動詞である。分けても助動詞が多い。大部分が「る」止めか、「た」止めか、「だ」止めだ、という。「う」で止める場合、現在止めで終る場合、形容詞の「い」で止める場合もあるが、「のである」「のであった」「のだ」を添えることが流行るので、結局「る」止めか「た」止めになるのだという。
それに続いて、なるべく無用な「のである」や「のであった」を附け加えないようにする、動詞で終る時は現在止めを用いて「た」止めを避ける、などとアドバイスしている。

これは非常に耳の痛い指摘なのであるが、「最適な言葉はただ一つしかないと云うことを、よくよく皆さんはあじわうべき」という。「数箇の似た言葉がある場合に、孰れでも同じだとお思いになるのは、考え方が緻密でなはない」。「そういう僅かな言葉の差異に無神経であったり、そう云う感覚が鈍かったりしたのでは、よい文章を作ることは出来ません」。

ブログを書こうと思いったったとき、類義語辞典が欲しくなった。いわゆるシソーラスである。同じ表現ばかり繰り返し使うと、文章が陳腐に見えるので、ちょっと洒落てみたくなる。また、自分が本当に伝えたい言葉が思い浮かばないこともある。この感覚は、おかしくなかったのだと、少し自信を得た。

最後にこの本を私が思う白眉をお伝えしたい。これは、文章の用語の中の「品格について」という段で語られている。

品格のある文章を作りますにはまず何よりそれにふさわしい精神を涵養することが第一でありますが、その精神とは何かと申しますと、優雅の心を体得することに帰着するのであります。

『文章読本』 谷崎潤一郎 中公文庫 P193

これだけ読んでもピンとこないと思うが、ここでは、氏が「優雅の精神」なるものを、数ページにわたり熱く語る。「文章指南書」であることを忘れてしまったのではないかと思うほど、この箇所だけが、私には非常なものに映った。

興味を持った方は是非とも読んでみていただきたい。

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