【本】『さいはての彼女』 原田マハ 角川文庫 2013年初版発行

ぎばーブック~ギバー(Giver)からの「本」の紹介

文学★★

紹介文

六本木ヒルズに本社を構える30代女性社長は、女満別に旅行するはめになる。ハーレーを乗るナギと出会い、生き方を見つめなおす表題作。自分が採用した若者にパワハラで訴えられた陣野志保は、会社を困らせるため1ヶ月有給を取って旅に出る『冬空のクレーン』。他2作品。

きっかけ、紹介文より詳しく

子供が出版社主催のアート・コンテストで賞をもらった。賞品として、本を20冊プレゼントしてもらえることになった。親である私が子を差し置いて、最近の売れっ子作家の中から、裏表紙を読んで面白そうなもの20冊を選んだ。そのうちの1冊。(当面はこのシリーズを書いていく予定。)

原田マハは今回初挑戦。かつて「本日は、お日柄もよく」という本が、電車の広告に長らく載っていた記憶がある。いわゆる「泣ける本」として売り出していた。変わったタイトルと、本のカバーが熨斗紙であって目を引いたため覚えている。今回私が選んだのは、最近の売れっ子作家のひとりだろうと思ったからである。

ネタバレにならない範囲で作品について触れてみる。

「さいはての彼女」は、いけ好かないベンチャー系の若手女社長が主人公。IT企業のイケメン経営者の彼氏に振られ、周りに当たり散らして重要なスタッフが辞めていき、ついには操業以来一緒にやってきた有能な秘書にまで辞められてしまう。そんな人物像だ。秘書に仕組まれて行くことになった北海道の女満別旅行が、彼女にとっては大変なギフトであったという話。

「旅をあきらめた友と、その母への手紙」は、35歳で課長職にあった波口(ハグ)が、彼氏にふられ、仕事も行き詰って辞めたのち、大学時代の友人のナガラからメールをもらう。そこから、毎年ナガラとの旅が続く。その間ハグの心は癒され、素の自分に戻っていく。ところが、ナガラの母親が脳梗塞で倒れてしまって、今回の修善寺旅行に行けなくなったという。修善寺に一人旅に出かけたハグは、ナガラの母親に手紙をしたためる。

「冬空のクレーン」は、建設現場のクレーンと北海道のタンチョウヅルのクレーンをかけている。陣野志保は皆がうらやむ大手都市開発企業の課長代理で、巨大都市開発チームの中心メンバー。ところが、自分が採用した若者に足をすくわれてしまう。自分の力を過信した陣野は腹いせに1ヶ月の有給休暇を取得するが、最初の二週間会社からの連絡は全くなし。会社を敵に回したことにようやく気付いた陣野は、傷心の旅に、遠い遠い雪だけの釧路湿原を選んだのだった。

「風を止めないで」は、「さいはての彼女」の続編のような筋立て。ナギのお母さんに焦点が当たっている。ある日広告代理店の部長を名乗る桐生という男が、ナギの母親に会いに来る。お嬢さんをキャンペンガールにしたいという申し出に対し、「さらしものにするわけにはいかない」と言って断る母。その後、桐生のなぞも分かってくる。

「さいはての彼女 原田マハ 角川文庫」カバー写真

作品を読みながら思ったこと

短編小説は、単なる短編の寄せ集めではなく、各作品の間に一定の意図を持たせて、読んだ後、全体として読者に何かを投げかける工夫が施されている。そんな当たり前のことを、この作品を読んで思った。

3つの作品には非常に分かりやすい一貫性がある。登場する主人公は、以下の特徴を持つ。30代半ば、仕事熱心で上昇志向あり、プライベートか仕事(あるいは両方)で挫折を経験。そして旅先で大事な何かに気づく。

そして最後の作品だけ異色だ。「さいはての彼女」の続編としての「ナギ」の家族の物語である。「ナギ」は、「さいはての彼女」の主人公の女社長が想定外の北海道旅行でたまたま出会うハーレーを乗り回す女の子だ。耳が聞こえない。その謎に迫りつつ、「さいはての彼女」では明かされなかった彼女の苦悩にも迫る。「ナギ」の縁がつないだ母親の恋物語という見方があるかもしれないが、私はそんな風には捉えなかった(後述)。

前の3つの作品とは全く違うようでいて、そうでもない。この組み合わせが絶妙で、作品が全体として非常にいい感じに落ち着いている。

「さいはての彼女」で興味深いのは、なぜ優秀な秘書の高見沢が、退職前にとんでもないだまし討ちを社長に仕掛けたのかである。それは知る由もないが、沖縄を女満別に変更し、日程も3泊4日から2泊3日に変えてアレンジしたのは、相当な手の入れようである。

有能ですべてをお見通しの秘書は、社長に気づいてほしい一心で、用意周到にサプライズに次ぐサプライズを仕込んだのだと思う。

「旅をあきらめた友と、その母への手紙」は、解説を書かれている吉田伸子さんが、「最も好きな一遍」と書いている作品だ。修善寺に一人で旅行することになったハグに、ナガラから携帯メッセージが飛んできた。しばらく一緒に旅できないかもしれない、しばらく母のそばにいてあげようと思う、といった内容だ。

これはハグにとってはショックな決定だったと思う。ハグは何度もメールを打ちかけて、手を止めて、最後にナガラの母親に手紙を書くと言う設定だ。

母親との思い出、母親へのお見舞いの言葉、ナガラへの感謝、未来への旅の約束。そこには、自分の母親も旅のメンバーに加えられていた。友人の母親の病気が、自分に本当に大事なことを気づかせてくれたことにひたすら感謝である。

「冬空のクレーン」は面白い。この作品の単行本は2008年出版なので、相当に時代を先取りしている。主人公の陣野は、自分が採用したアメリカ帰りの有能な若者、横川に「パワハラ」を訴えられる。つい5-6年前(2015年)であれば、10人中9人が陣野に同情し、横川を厄介者として扱ったと思われる。しかし、2008年に発表されたこの物語は、横川を丁重に扱い、開き直った陣野が干されるという設定だ。

確かに陣野はちょっとやり過ぎで、結果は当然の報いである。しかしながら、日本のサラリーマン社会の中で、企業戦士として勝ち抜くため、すべてを犠牲にしてきた人間からすれば、横川の訴えは許せないものであったろう。

平成の30年間をほぼジャパニーズ・ビジネスマンとして過ごしてきた私からすれば、横川の行動は、とても好きになれない。それでも、従来当たり前だと思ってきた、会社にすべてを捧げる、プロジェクトに全力で取り組む、責任者からの厳しい教えに食らいついていくという姿勢が、異常であったことを気づかせるには、このくらいのことをしないと分からない。

こちらも北海道が舞台である。都会でウィンドウディスプレイの仕事に没頭していた天羽さんは、徹夜明けの早朝に、雁の群れを見て愕然とする。自分が作り上げたディスプレイが「渡り鳥が飛ぶ夜明けの空にはどうしたってかなわない」と。「もっと大きな風景に関わってみたい」。サラリーマンを一足早く卒業して北海道の鶴居村に越してきた。

自分の力を過信して会社から何の連絡も入らなくなった陣野の携帯に朗報が入ったのは、北海道で必要な経験をひとしきりした後であった。

さて、最後に(後述)と書いた謎あかしを。「風を止めないで」は、前3作品とは無関係に見えて、最後それらをまとめて一番大事なメッセージを伝えているように感じた。「ナギ」は耳が聞こえないことで抱えていた「健常者の人たちとのあいだに、どうしても越えられない『線』のようなもの」を、父とハーレーとの絆から乗り越えることができた。桐生という男が登場するが、桐生も弟を失った悲しみを、どう乗り越えていくのかに苦しんでいた。弟が結び付けてくれた「ナギ」の実家に行くことで、その答えをつかんだのだ。「表面上、恋物語に仕上げているに過ぎない」、というのが私の見方である。

作品全体を通して伝えたかったことは、「心のブロックを乗り越えること、そして本当に大事なものに気づくこと」だと感じた。

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