文学★★
紹介文
地方の名門校である一高の入試で事件は起きた。前日試験会場に「入試をぶっつぶす!」という模造紙が貼られる。そしてネットでは、掲示板に受験の実況中継が書き込まれていた。その後の人生を左右する受験。あらゆる不可解な事件が続く中、最後に突如犯人が浮かび上がる。
きっかけ、紹介文より詳しく
湊かなえさんの作品は、もうこれで4・5作目になると思う。数年前、『21世紀の暫定名著』という講談社の単行本を読み、確か冒頭に、佐藤優氏が選ぶ1冊があり、それが湊かなえ氏の『告白』であった。私はミステリーを全く読まない人間だったので、「湊かなえ」という名前は全く知らなかった。佐藤優氏が選んだ渾身の1冊であれば、それだけで十分に興味がわく。
そしてネットで「湊かなえ」を検索したら、たくさんの「おすすめランキング」が出てくるではないか。ランキングを読み進めていくうちに、読んでみたいと思った本を数冊買った気がする。もちろん最初は『告白』から読んだ。
ちなみにこの本も、子供がアート・コンテストで受賞した賞品としてもらった、本20冊のうちの1冊である。
ここで少し(実際には大変な長くなってしまった)、Audibleオリジナルのトーク番組『Vol.10 オーディブル文学 伊集院静 阿川佐和子』のやり取りを紹介したい。この会のゲストが湊かなえさんである。
アパレルメーカーに就職後、他の選択肢があったのではないかと思い、海外青年協力隊の説明会に行った。そこで冊子が配られた。自分ができる職種は何かと考えて、教育を見ると家政分野のところに、トンガ王国から家庭科の先生募集との要請があった。このとき、「ここに行くんじゃないかなと、ピピっと予感がした」という。(湊氏は大学時代教職免許を取っていた。)
結婚して、出産して、家も建てて、達成感があった。まだ30才なので、もう1つ2つ新しいことができるのではないか。すぐやりたいたちなので、今からできることは何だろうと考えて、パソコンがあるので、何か書いて送ってみようというのが、物書きになったきっかけだという。
トンガに行ったときに、毎晩少なくとも3通手紙を書いていた。これが一番の文章修行になっていたと思う。そして皆が持ってきていた本を、貸し借りして読んでいた。
小さい頃、いつも頭の中で空想妄想していた。漫画の続きを空想する。周りの人の関係や話している内容を想像する。社会の資料集を見て妄想する。空想して終わり。書くことはなかった。
川柳を書いて送った。翌月に受賞。それから脚本を送る。半年後に賞をもらう。
授賞式で東京に来るも、淡路島にいると脚本家は難しいと言われ、悔しくて「何か書くことで絶対に成功してみせる」と誓ったそうだ。そして生徒の前では、「たちまちは予定はありませんが、必ず成功します」と宣言した。
デビューして10年で23作。毎日締め切り。深く考える間もなく、インターネットで検索する時間もない。落ち込む間もなくとにかく書いていて、深く考えずに書いていたことが継続できたのだと思う。
とにかく書いてみよう。とにかく最後まで書いてどこかに応募しましょう。
自己催眠をかけるのは大事。田舎住まいのメリットは、移動中が長く考える時間がある。切り替えができる。
一通り聞いて、とにかく思いついたら即行動の人だと思った。トンガで手紙を書いていたことも本を読んでいたことも、作家につながっていると思うが、小さい頃の空想癖がすべての引き出しの原点のように感じた。
即行動って実はすごく難しい。私などは、勝手に自分で言い訳を考えて先延ばしにするのが常だ。ただ、好きな事だったから即行動できたのかというと、湊さんの場合、違う気がした。今すぐできることならば、本当に何でもよかった気がする。だから、これは彼女の性格であって、それが推理小説家として大ブレークする、天職を見つけられたキーだとは思わない。
一方で、小さい頃母親の買い物中、何時間待たされても苦にならず、空想に浸っていたというエピソードこそが、鍵のような気がした。かなりユニークだ。そして、想像、空想、妄想がわき続けることこそが、彼女の才能なのだと思う。
自分のやりたいことを見つけるには、過去の自分の経験にさかのぼることが大事だと、何人かの人から聞いたことがあるが、なるほどその通りである。
そして悔しさのパワーも大事なんだなと。このリベンジ効果もいろんなところで語られていることだが、自分は次のように考える。そういった頭にきた、悔しい、許せない状況が与えられたということが一つの大きなチャンスを示していると。それこそが、まさに神の配剤なのだろう。そこでどう思うかは自分次第である。
1時間20分強のインタビューなので、もちろんこれ以外にもエピソードは万歳である。
Amazon Audibleの仕組みはちょっと難しい。ネットでいろんな人が説明しているので、興味がある人は、まずそれらを見てほしい。
作品の周辺について
ミステリーはストーリーが命なので、書くことが極端に限定されてしまう。
なので、ストーリーは最小限として、その周辺を注意深く書いていきたい。
冒頭に人物相関図というものがある。これは目次の後に書かれている図なので、著者が用意したものだと推測する。
私のようなミステリー初心者は、これがないとつらい。最初100ページくらいまでは、この図を見返しながら読んだ。
この推理小説は、オリジナリティにあふれている。紹介文で記載した「掲示板」の投稿が、リアルタイムに示される。それに続き、各登場人物がそれぞれの視点で、目の前に起きていることを語っていくのだ。Amazonでは試し読みができるので、見てもらうとイメージがわくと思う。
ここでは、現代の入試というものが抱えている、複雑なそして正解を決めにくい問題が浮き彫りにされている。
ネット社会が高度に発達し、中学生のスマートフォンの携帯が当たり前になり、誰もが全世界に自由に発信できる世の中になって、初めて起こり得る厄介な問題もある。一方、それができるようになったがために、ベールに包まれていた過去から存在していた問題が、クローズアップされたものもある。
昔は受験の結果は、合格か不合格の2つ。これしか開示されなかった。ところが、今は「開示請求」という制度が整っている。小説の中で、この制度についてはかなり詳しく説明されている。
これにより、過去の採点ミスが発覚し、教職員が処分されることなどが実際に起きていた模様である。教師側にも緊張感がでて、いい制度ではないかという軽い感想もあれば、高校や大学入試で、採点ミスが理由で落とされた学生はたまったもんじゃないという意見もある。どちらかと言えば、皆、後者を気にするだろう。
採点ミスという人災(インシデント)でもがき苦しむ人は、教師側にもいれば学生側にもいる。そして、今はインターネットを通じて、当事者も当事者でない傍観者も、匿名で自分の意見を書きたい放題だ。
冒頭で「入試をぶっつぶす!」と志を立てた犯人は、いったい何のために、入試の何をぶっつぶそうとしたのか。これは、本当に最後の最後まで読まないと分からない。それこそ湊かなえさんの真骨頂だ。
小説では、受験生全員から携帯電話を取り上げるシーンがある。これはおそらく今の受験では当たり前になっているのかもしれない。
何の試験だったが忘れたが、かつて自分も受験中に携帯電話を試験管に預けた記憶がある。ネットで検索しながらいろいろあたりをつけているのだが、出てこない。もしかしたら、中国上海で受験したHSK(漢語水平考試)かもしれない。そうだとすれば、もう10年近く前の話だ。中国では、公平性を確保する手段として、そこまでするのは十分に考えられる。
さて、それに違反する(携帯を試験管に預けなかった)生徒が現れたら、即失格なのか。これも一つの問題である。意見は確実に2つ分かれるであろう。実際、日本の試験では、試験管はよく「失格となる可能性があります」という。言い切ることもリスクだから、現場にはそういわせているのだと思う。
自分はかつて、日本公認会計士協会が主催する終了考査(これに受かると公認会計士を名乗ることができる)で、違和感を覚えたことがある。
試験のルールが、ものすごく厳格だったのである。携帯はおそらく預けなかったと思うが、1秒でも遅刻したら試験会場に入室できず、失格とされた。(1科目受けられなかったら、合格可能性はほぼないので、事実上の失格である。)
これには一切の例外もなかった。トイレが混んでいて遅れてもアウトだったのである。
実際に遅れて入室できなかった受験生がいた。試験会場に置かれていた、受験票を含む彼の荷物は、その後試験管によって外に持ち出されたような、おぼろげな記憶がある。
さて、これは受験生にとってはかなり痛い。正直恨みを買うような話である。1年に1回しかない試験であるのだから。それが仮にトイレの混雑が理由で戻れなかったとすれば、悔やんでも悔やみきれない。
なので、公平性を担保するという話は、実務的には大変難しい問題なのである。
こんなことを、いろいろ思い出しながら、一気に読んだミステリー。興味のある方は是非読んでみてほしい。