米国のビジネス・スクールに留学し、MBA(経営学修士)の学位を取得して会社に戻った先輩から、こんな話を聞きました。
「あちらでは簿記の授業っているのはないんだよね。俺の行った学校だけじゃないと思うけど。学部にもそれらしいクラスはなかったし、そもそも勉強してきた分野はいろいろで、理工系の人もたくさんいる。それでもビジネス・スクールに入ると、会計のクラスでは最初から会社の財務諸表を使ったケースを皆で討論する。予習も半端じゃないが、それでなんとかやっているから立派。俺は簿記も勉強していたから、彼らがどれくらい困ったかはわからない」
簿記という会計の仕組み(ハードウェア)と、それに目的を与えて動かす概念(ソフトウェア)の、どちらから入るかということかもしれません。どう思いますか。
『企業会計入門』 斎藤静樹著 有斐閣 P60
面白い話ですね。先輩のコメントをそのまま是として離してもいいですが、少し調べてみました。
ペンシルベニアのウォートン校のウェブサイトによると、AccountingはコアカリキュラムのFIXEDコースではありませんでした。FLEXIABLEコースです。ただし、あくまでコアです。
ハーバードビジネススクールでは、RequiredではなくElectiveにAccounting & Managementがありました。詳細を見ると、Book Keepingのような基礎的なタイトルは全くなく、実践的な講義ばかりが書かれていました。
一方、オックスフォードのサイードビジネススクールでは、コアコースにAccountingが書かれています。
学校によって位置づけの違いはあるものの、おそらく想像するに、簿記論や原価計算といったものを授業で取り上げることはないということだと思います。
そう考えると、上の質問自体、設定に無理があるかもしれません。簿記は知っていて当然という前提で授業が始まる訳であり、あとで簿記を勉強する訳ではないと思うのです。つまり順番の問題ではないということです。
とはいえ、MBAの入学する生徒のすべてが簿記を知っているかと言えば、明らかにNOでしょう。私の先輩・友人・後輩の多くがMBAホルダーですが、彼らは皆、役員だったり商社だったり銀行員だったりで、簿記には明るくない(はず)です。
簿記の知識がないままに、先生の言葉を借りればハードウェアを持たずして、いきなり会計数値の意味するところを読み解く、ソフトウェアを使うこなせるのかという質問に置き換えて考えてみますと、どうでしょうか。
私の知り合いが皆実証している通り、それは「可能」、「全然問題ない」ということだと思います。
個人的な経験で言えば、私も大卒からすぐ会計士になった訳ではありません。最初の8年半は信託銀行に勤めました。信託業務の関与は一切なく、銀行業務一本でしたので、融資セクションで(国内・国際共に)4年ぐらい財務分析に関わりました。
当然に簿記の知識はゼロです。それでも財務諸表を読むことはできました。尤も、会計士になった後から思えば、その分析力は浅かったですし、財務諸表の構成要素のすべてを理解している訳ではありませんでした。
それでも、標準レベルで財務分析はできていたと思います。
その後、ベンチャー企業勤務を経て、会計士受験をするわけですが、銀行時代の財務分析能力が役に立ったかと言うと、残念ながら「全然役に立たなかった」と言えます。
銀行は特に回収可能性に敏感なので、経常収支比率などを重視するのですが、これらのメソッドを会得したからといって、試験に有利ではありません。資金繰り表もすごく大事ですが、会計の世界では、あまり議論になりません。
会計学は、財務諸表を作成する側を重視した学問だと思います。いろんな考え方がある中、現行の会計基準がなぜそのように設定されたのか、その背景や目的、会計理論を重視し、その上でどういった仕訳になるのかを勉強するものです。原価計算(管理会計論)も、多少の原価分析はありますが、基本的には理論科目です。
なので、会計学は、会計・経理の専門家にならない限り、必ずしも必要な学問ではないと思っています。
最後に、このままで終わると、ちょっと誤解を受けそうなので、以下の点を伝えたいと思います。
会計学と言われる学問の習得は不要ですが、財務諸表等(注記情報を含む)が意味するものを知り、それを見て財務分析するスキル(能力)は必要だと思います。これは、会計学をわざわざ勉強しなくても、上記でいうところのソフトウェアさえ理解すれば獲得できるものです。


