利益情報と企業価値
企業の価値は、将来に期待される営業利益を資本コストで割り引いた事業の現在価値と、余資を運用している金融資産の市場価格を加えたものに理論上はなるでしょう。となると、投資家の企業評価に役立つことを目的とした会計の利益情報に、営業外の金融取引の損益を含めているのは意味がないようにも思えますがどうですか。利益は営業利益までにして、営業外の部分は損益を開示するまでもなく、それを生み出すストックの時価(市場の評価)がわかればよいということにはならないでしょうか。
『企業会計入門』 斎藤静樹著 有斐閣 P35
最初の行でさらっと書かれている内容、難しくないでしょうか。現在のM&Aの実務では、会社全体の価値をこのように計算することが多いです。これはDCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法というアプローチを用いた計算方法です。
営業利益というものを、本業による利益として捉えると、上述の計算式はピンとこないと思います。営業利益は、債権者と株主に、利息を支払う・配当を分配する前の利益です。こう考えてみると、少し理解しやすくなったのではないでしょうか。
この投資者(ここでは債権者と株主のことを指しています)に利息の支払い・配当の分配をする前に獲得した利益が未来永劫続くとして、それを投資者が要求するリターンで割り引くと、その会社が将来獲得する営業利益の現在価値がでてきます。これを「事業の現在価値」と書いています。
この価値は、投資者全体が享受すべきものです。つまり、債権者が得るべき価値と、残余として株主が得られる価値の合計です。前者は、債権者が貸したお金の総額を意味し、それを差し引いた残余が株主価値(株式価値ともいいます)となる訳です。
ただし、この計算方法は非常に簡便的で、普通は「営業利益」を用いることはしません。
営業利益の中には、税務署に払う税金が含まれています。また、減価償却費に代表されるキャッシュが流出しない費用が引かれてしまっています。よってこれらを調整して、FCF(フリーキャッシュフロー)というものを計算するのが、一般的なやり方です。
ただ、ここで斎藤先生が言いたかったのは、営業外損益(つまりその多くが銀行への支払利息だと思われます)を考慮する前段階の利益を使わないと、企業の価値は計算できないということだったと思います。言い換えると、日本でよく注目される経常利益(営業利益-営業外損益)では、企業の価値を算定することはできないということです。
ここは、非常に難しいかもしれません。ちなみに私は、理解するのにすごい時間を要しました。
次に「余資を運用している金融資産の市場価格」についてですが、ここは掘り下げていくと、本質からずれていくので説明を割愛します。一言だけいうと、必要以上に保有している現金預金などがここに含まれます。定期預金で置いているものもあれば、有価証券を購入して運用したりするケースもあると思います。こういった本業と関係しない資産の価値のことを言っています。
ここでようやく設問に入ります。「投資家の企業評価に役立つことを目的とした会計の利益情報に」、という設問の前提に注意が必要です。債権者や株主が利益情報を利用するのは、企業評価に役立てるためだけでしょうか。「企業評価」という言葉もあいまいです。少なくとも「企業価値評価」のためだけに利用している訳ではないと思います。DCF法を使って企業価値評価をわざわざするのは、M&Aで買収等を考えている企業に限られると思います。
債権者は利息を払って、なお利益が確保されているかを重視するでしょう。債権者・株主ともに税金によるキャッシュアウトがどのぐらいあるのかにも高い関心を持っていると思われます。
細かいことを言えば余資の運用の成果も営業外項目に示されます。それなしには、実は企業価値評価も正しく測定できません。
そもそも「営業利益÷資本コスト≒事業の現在価値」という前提を置いた、最初がかなり簡便すぎると思います。FCFを算出するには、税金コストは必須なので、この問題は引っ掛け問題のような気がします。