株主持分の簿価と時価
債務超過の会社を考えます。負債が資産を超過している状態ですが、それでもただちに倒産するというわけではなく、上場会社でも当面はその株式が証券市場で取引され続けます。株主持分はマイナスなのに、市場ではプラスの値がつけられているのです。
そもそもこれは会計がおかしいのか、現実が間違っているのか、という質問があったとして、この一見したところ矛盾してみえる状態を、あなたはどのように説明しますか。その説明は、前の設問(企業会計の役割②)に対するあなたの回答にどのような影響を与えますか。
『企業会計入門』 斎藤静樹著 有斐閣 P34-35
まず、債務超過になってもただちに倒産するわけではないという事実については、直感的にどうお感じになるでしょうか。まず、「倒産」という言葉は、事業継続が困難になった会社のことを指す一般的な言葉です。ちょっと調べたら、東京商工リサーチが広めた言葉らしいです。そのため、同社のウェブから「倒産とは…」の箇所について引用したおきます。
「倒産」は正式な法律用語でなく、東京商工リサーチが1952年から「全国倒産動向」の集計を開始したことで一般に知られるようになった。特に、1964年12月4日衆議院商工委員会で中小企業の倒産問題を東京商工リサーチの倒産データに基づいた国会質疑が行われ、「倒産」という言葉が普及した。
「倒産」とは、企業が債務の支払不能に陥ったり、経済活動を続けることが困難になった状態を指す。「法的倒産」と「私的倒産」の2つに大別され、「法的倒産」では再建型の「会社更生法」と「民事再生法」、清算型の「破産」と「特別清算」に4分類される。「私的倒産」は、「銀行取引停止」と「内整理」に分けられる。
倒産とは… 東京商工リサーチWeb https://www.tsr-net.co.jp/guide/knowledge/glossary/ta_14.html
ここでは、倒産の定義を明確にすることが目的ではなりませんので、誤解をおそれず分かりやすく、お金の支払いができなくなることと言っておきます。
さて、倒産は現金預金と強く関連していますから、債務超過になるイコール倒産ではありません。貸借対照表(バランスシートの)左上に位置する「現金預金」(以下、キャッシュといいます)がなくなる、あるいはなくなることが確実になると倒産します。
キャッシュがある限りは倒産せず、株式も上場会社として存続可能です。ここで「ただちに」と書かれているのは、上場廃止基準というのがありまして、債務超過の状態となってから1年以内に解消しないと上場廃止になってしまうからです。(新型コロナウイルス感染症に伴う特例を含む詳細のルール説明は割愛します。)
「株主持分はマイナスなのに市場ではプラスの値がつけられているのです」という意味は、どう考えればいいでしょうか。
債務超過ということは、貸借対照表の純資産の部がマイナスですので、株主が持っている持分はマイナスだと言っています。これは簿価(決算書の数字)の話です。
一方、市場ではプラスというのは、株価(時価)がプラスでついている以上、株価(時価)×株数=時価総額はプラスだということです。つまりこれは時価の話となります。
この違いはひとえに、簿価と時価の違いですから、会計の正しいし、現実(株式市場の評価)も正しいです。矛盾はしていません。
ただ、「簿価と時価の違いです」と言われても、何となく腑に落ちない方もいるでしょう。
「時価の価格形成プロセスは、会計数値(簿価)のみを参考にするのではなく、むしろそれ以外の要素の方が大きな影響を与える。それは、その企業の将来キャッシュフローの獲得能力です」と説明したら如何でしょうか。
あるいは、「簿価(会計数値)は過去の数字であるのに対して、時価は将来の予測の数字で決まるもの」と言ってもいいかもしれません。
おそらく、 前の設問(企業会計の役割②)で私が 説明した内容と、今回の回答は矛盾していないものと思われます。