単式簿記と複式簿記
国や地方自治体の会計制度は、多くが収支を記録するだけの、いわば単式簿記の仕組みによっています。だいぶ前になりますが、当時の東京都知事が都の会計制度に複式簿記を取り入れるべきだと主張していました。それによりどこがどう違ってくるのか、その違いにどのような意味があるのか、あなたが意見を求められたらどう答えますか。
『企業会計入門』 斎藤静樹著 有斐閣 P60
単式簿記と複式簿記の違いは、現金出納帳と一般会計帳簿の違いと言えば分かりやすいでしょうか。
いつ何にいくら払った・もらったかを、1行に金額を1つ書いて、記録するのが、現金出納帳。それに対していつ何にいくら払った・もらったかを、原因と結果で書くものが一般会計帳簿と説明しておきます。
ちなみに、「原因と結果で書く」と説明している本は、おそらくどこにもないと思います。専門家としては、かなり踏み込み過ぎで、「おかしい!不適切だ!」と批判を浴びる可能性大です。
ちなみに斎藤先生は、本文の中で非常に洒落た表現をされていて、感動しました。格式が全然違います。
資産や負債と収益や費用(それに純資産)では、会社ないし株主の富や利益を増やすものと減らすものが左右反対になっていますが、それは前者の勘定(実在勘定とか実物勘定と呼ばれます)が財のストックやフローをとらえているのに対して、後者の勘定(名目勘定)がその事実をいわば鏡に映してみているからです。・・・(中略)このように実像(といっておきます)と鏡像をセットにすることで、複式簿記は左右が均衡する体型を完結させているのです。
『企業会計入門』 斎藤静樹著 有斐閣 P40
さて、話を戻すと、例えば100円のライターを掛け売りした。そして1週間後に100円を現金で受領したとします。この場合、ライターを100で売上げたという原因があって、売掛金100が発生したという結果が生じた。1週間後は、売掛金を現金で決済するという原因があって、現金100を受領したという結果が生じた。
何となく原因と結果でいけませんか。それぞれが、帳簿に記帳されます。
ここで、あることに気づくかもしれません。現金出納帳は名前の通り、現金を支払った・受け取ったものの記録です。なので、実は「結果」が、「現金の増減」というものに固定されているのです。
だから、わざわざ原因と結果を両方書く必要がないのです。
もう少し別に言い方をしましょう。「現金主義」と「発生主義」という言葉を聞いたことがありませんか。前者はまさに、現金が動く時点で「取引」を認識するものであり、現金出納帳と似ています。現金が動かないものについては、会計事象として記録することができません。一方後者は、現金の動きではなく、ある会計事象が発生した時点で「取引」を認識するものです。売掛金や買掛金などの勘定が登場します。そして、モノの価値は時の経過とともに劣化するので、それを表す「減価償却」などの考えも取り入れることができます。また、現金は動かなくても評価が変わるもの、例えば保有している上場株式などは時価の変動とともに、評価損益を認識することができます。
これで、概ね質問の「違い」について説明できたと思います。
国や地方自治体の多くが、収支を記録するだけの単式簿記を採用しているのは、すべての取引が最終的に現金預金の収入・支出に帰着するから、それで不都合がないと考えているからなのでしょう。
ただし、複式簿記を取り入れれば、取引や残高の増減が、リアルタイムで反映することができるので、単式簿記よりもはるかに、取引実態を正確につかむことができることになります。
特に、減価償却や評価損や引当金などの、非現金支出費用を認識できる点が、大きなメリットになると思われます。
リアルタイムという点については、時間差だけと言われれば、それまでかもしれません。1年以上時間差が発生するならば、それはそれで問題になると思いますが、数か月の差異ならば、概ね問題ないとという考えもあります。
一方、減価償却、評価損益、引当金は導入するかどうかで、決算は大きく異なってきます。これらが全く反映されていないとなると、モノの価値が正しく測定されていない、実態と著しく乖離した決算書になると思われます。
なお、筆者は、公会計については、過去業務上関与したことがなく、また、日本の会計士試験においては試験範囲ではなかったため、国や地方自治体の会計制度は分かっておりません。あくまで、「国や地方自治体の会計制度が単式簿記である」という前提に立って回答したものです。その点、何卒ご理解願います。