本日は、全くいつもと違って専門的な内容について、ちょっと書いてみようと思う。
「PPAとは」で検索すると、上位には、太陽光発電のPPA事業が占める。Power Purchase Agreement(電力販売契約)の略称で、太陽光発電の第三者所有モデルのことを指す言葉らしい。
ところが、今回ここで私が紹介するPPAは会計の概念で、Purchase Price Allocation(取得原価の配分)の略称である。
会計の携わることのない人には全く無縁の言葉であるが、ここ数年、日本において企業買収が行われる際、その必要性が議論になり始めている。
専門的なことは極力すっ飛ばして説明すると、会社を買うとき、普通被買収会社のバランスシートに表示される純資産以上の値段で買うことが多い。
現金100 | 借入金400 |
売掛金・在庫200 | 資本金100 |
固定資産300 | 利益剰余金100 |
合計600 | 合計600 |
現金100 | 借入金400 |
売掛金・在庫200 | |
固定資産300 | |
のれん300 | 現金(親)500 |
合計900 | 合計900 |
(被買収会社部分のみ)
左が買われた会社のバランスシートだとする。これを500で購入したとすると、買収後に親会社に取り込まれるバランスシートは右のようになる。
すごく分かりにくいが、左に現金(親)500とあるのは、会社買収に当たり、親の現金500が使われている(マイナスな)ので、便宜的に(現金があるべき位置の)反対側に書いている。左側に現金△500と書いてもいいのだが、もっと分かりにくいと思うのでこのようにした。
また、なぜ資本金と利益剰余金が消えてしまうのかについては、資本金と利益剰余金に分けて説明する必要がある。まず、買収した会社が過去獲得した利益剰余金は、親会社の成果ではないから消去する。買った後に獲得する利益から、初めて利益剰余金として計上されることになる。一方、資本金については少々分かりにくい。そもそも右で示しているバランスシートは、買収した会社(被買収会社ではない)の連結バランスシートである。そのため、子会社となった会社の資本金は全部消去する。つまり連結ベースで見た場合、その連結会社の資本金は親会社の資本金のみが計上される。
さて、その結果として、のれん300というのが計上されている。この言葉はよく耳にするかもしれない。それは、買収前の会社のバランスシートに出てこない、その会社の超過収益力を表している。
そういうと、却って混乱するかもしれない。単に、純資産200(資本金100+利益剰余金100)の会社を500で買ったので、その差額(500-200=300)と言った方が分かりやすいか。
この差額を超過収益力と意味づけているのである。会社が500も出してこの会社を買うということは、それだけの価値を見出していることに他ならない。なので、会社が買収時に見込んだバランスシートに表れていない価値を「のれん」と呼んでいる。
いわゆる、暖簾(商家で屋号・店名などをしるし、軒先や店の出入り口にかけておく布。)が転じて、「店の格式・信用」となり、「多年にわたる営業から生じる無形の経済的利益。得意先・仕入れ先関係、営業上の秘訣、信用、名声など。」という意味も持つようになったのだが、会計上は、「のれん」と平仮名で書く。
ここで、疑問に思う人がいるかもしれない。なぜ、被買収会社の純資産をベースに差額を「のれん」とするのか。差額は本当に超過収益力を示すのか。そう思った方は非常に鋭い方だと思う。
会社の過去の経営成績の成果(累積結果)を示した利益剰余金と資本金を合計した純資産(A)と、その会社が将来キャッシュ・フローを生み出す能力(B)は、別物なのである。なので、AとBが異なるのは当然である。次にその差額って何なのかというと、それをどう説明するのかは結構難しい。そもそもAとBに相関性が乏しいとするならば、その差にあまり意味がないからだ。
話がどんどん深みにはまって、いつPPAの話になるのか見えなくなってきた。
ここから先は、小職独自の見解も入れながら話を進める。
買収時に取り込む会社のバランスシートを意味のあるものとするために、現行の会計基準は、被買収会社のバランスシートを時価評価せよというルールにした(のだと思う)。つまり、被買収会社の資産・負債をすべて時価評価し直すのである。上記でいう売掛金、在庫、有形固定資産、借入金のすべてを時価で評価替えする必要がある。
さらに、買った会社の価値の中に、無形資産の価値もあるのならば、それを識別したうえで評価額を記載せよということになっている。
この無形資産に取得原価を配分することを(狭義の意味で)PPAと呼ぶことが多い。(ようやくここまで来た。)
無形資産とは何ぞやと言えば、例えば、ソフトウェアであり、特許であり、商標であり、ライセンスなどである。
ソフトウェアを除き、残りの3つは通常、前の会社のバランスシートには計上されていない。なぜならば、前の会社が明確に特許に紐づく形でかけたコストは特許申請料ぐらいであろうし、商標も同様であり、ライセンスなどはライセンス収入という形で収益を生み出すが、他所から買って来ない限り、当初は権利として資産にすべきものはないからである。(もしかしたら、ソフトウェア等の他の勘定で資産計上すべきものはあるかもしれない。)
これら(ソフトウェアを除く)の時価評価は、売掛金、在庫、有形固定資産の時価評価と違って、ピンとこない。それは0だからである。0のものを時価評価して何らかの価値を数値化せよという話なので、非常に概念的な話なのだ。
ただ、これらの時価評価プロセスをしっかりやらないと、会社の買収価格と純資産の差を埋めることができない。それでも最後になお差額が残るであろう。これが「のれん」という訳である。
これを格好よく言うと、次のようになる。
①株式価値を算定し、②その株式価値に有利子負債(時価)を加算して企業価値を求め、③買掛金等の負債の時価評価したものを加算して総資産を算出し、④その総資産から売掛金や在庫等の時価評価したものを控除し、⑤有形資産の時価評価したものを控除し、⑥残った金額が無形資産の算定の対象となり、⑦無形資産の認識した後の残余がのれんとなるといったプロセスである。
経営研究調査会研究報告第57号 無形資産の評価実務-M&A 会計における評価とPPA 業務- Ⅱ 2.(3)
平成28年6 月14日 日本公認会計士協会
なので、PPAはしっかりやらなければいけないということになる。
ただ、それを単に素直に受け止めて、「のれん」とは何かという当初の疑問はクリアーになったであろうか。
上の研究報告は、①+②+③=④+⑤+⑥+⑦だと言っている。この数式はその通りだ。
この式を①+②=(④+⑤+⑥-③)+⑦と変形しておこう。
しかしここで、①+②と③~⑦はそもそも別物だから、⑦はやはり単なる差額なのである。①+②はその会社の将来のキャッシュ・フロー獲得能力から計算した事業価値。④+⑤+⑥-③はあくまで、時価評価後のバランスシートの話、だからどうしても埋められない差⑦が発生するのだ。
差が発生する以上、貸借を一致させなければいけないから、「のれん」という勘定科目が出てくるのは会計上必然であるが、この差額を超過収益力を示すものとして意味づけることに対しては、やはりあまり気が進まないのである。
ちなみに、私が会計士試験の受験生だったとき、上記のようなことは全く考えたことがなかった。受験生なのだから、会計処理をいかに速く正確に機械のように処理する以外、何ら余裕がなかったので当たり前とも言えるが、今ふと思ったことがある。
当時この差額は「のれん」ではなく「連結調整勘定」と呼ばれていたのだ。そう、連結バランスシート上発生する調整勘定なのだ。この名前の方が私にはしっくりくる。
ここから先は余談であり、専門家でない限りマニアックすぎてついていけないと思うが、さらに次のことを追いかけてみた。
当初「連結調整勘定」という言葉を使っていたときは、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」(平成15年10月31日 企業会計審議会)に記載された、「取得原価の配分」つまりPPAという言葉はなかった。(私の受験は、平成15年7月31日-8月2日である。)
この基準が発表された後、いつから開示が「連結調整勘定」から「のれん」に変わったのか調べていたら、平成18年5月1日施行の「連結財務諸表規則」で変更となっていた。(調べるのにすごい時間がかかった。)
順番的にはPPAという考えが導入されてから、「のれん」という言葉に変わったようである。超過収益力を意味する「のれん」という言葉を名乗る前に、裏で会計基準が精緻化されたというべきか。いや、会計基準のグローバル化すなわち同質化の中で、合わせに行ったと考えた方が自然であろう。「のれん」は、英語では「Goodwill」と表記される。
それとて、私の「単なる差額でしかない」という雑感は変わらない。