2021/6/5-6 映画『ボヘミアン・ラプソディー』を見て

ぎばーノート~ギバー(Giver)という生き方の記録

映画『ボヘミアン・ラプソディー』

5日と6日の2日に分けて、映画『ボヘミアン・ラプソディー』を見た。Queenは、1970年代に一世を風靡したロックバンドである。といっても、私自身、リアルタイムではあまり馴染みがなかった。

高校に入学してクラスメートの一人がクラシックが好きだと言って、私と音楽の話をし出した。(私は中学生以来、クラッシック音楽の大ファンである。)その彼が、強くQueenを勧めたのだ。現代のオペラだみたいなことを言い出す。アルバム名はずばり『Jazz』。早速借りて聞いてみて確かに驚いた。しょっぱなの『ムスターファ』にも、『バイシクル・レース』にも、そして、『ドント・ストップ・ミー・ナウ』にも。
私が『ボヘミアン・ラプソディー』を知ったのは、もう少し後である。その突き抜けた音楽性に度肝を抜かれた。

今回映画を見て、極力事実を知りたくなった。まず、彼がエイズであることを知ったのは、映画と異なり、1985年のライブ・エイドの前ではなく後である。映画では、その前にせき込んで血を吐き、エイズであることも自覚してメンバーに告白するシーンがあるが、それは事実と違うということだ。

エイズに罹ってすぐ声がでなくなるかどうかは分からないが、少なくとも映画のクライマックスである1985年のライブ・エイドでは、ものすごい声量で歌っている。そりゃー、映画だからねと言われればそれで終わりだが、ここも事実を確かめたくなった。

そうしたら、しっかりあった。『Queen LIVE AID フル』(ご興味ある方は、是非ともこちらのリンクをクリックしてほしい。)
無茶苦茶声出ているじゃないですか。フレディ・マーキュリーの声は本当に素晴らしい!

そして、映画を見ていて思ったのは、Queenは決してフレディのバンドではなかったということだ。4人の誰一人も欠かせないバンドであったその証拠に、皆がそれぞれ曲を書いていて、名曲が必ずしもフレディーに集中していないことだ。

今まで英語の歌の歌詞などは、単に音にしか思っていなかったが、映画で流れる字幕を読むと、50代のおやじに刺さる言葉が結構多い。ボヘミアン・ラプソディーなどは、単に曲が素晴らしい訳ではない。歌詞にストーリーがあるのだ。

英語を学ぶインセンティブの一つに、「英語の歌詞が分かるようになりたい!」が加わった。

ちなみに、メンバーにエイズを告白するシーンのセリフを聞き取りたいとも思い、翌日(6/7)に何度も何度も繰り返し聞いてディクテーションを行った。本当に難しい!

I’ve got it.
Got what?
AIDS

日本語だったらさしづめ、「かかってしまった。」だろうか。

英語のセリフから派生して

日本語の動詞は、目的語に応じて、結構細かく分かれていることを、英語と中国語を学んでいる過程で実感している。

もし仮に日本語で「かかってしまった」と言ったら、病気が連想されるだろう。英語は”Got”なので、本当に”What?”なのだろう。ちなみに、英語は身に着ける動詞はほぼすべて”wear”だ。中国語では、「穿」と「戴」の2つに分かれる(ネクタイを入れれば「系」や「带」)。眼鏡や帽子やマスクは「戴」である。実際に、私が一応原文を読破した「蜗居」で、アメリカ人のMarkが、眼鏡や帽子はなぜ「穿」ではなく「戴」なのかと、先生の海萍に問い詰めるシーンがあるのだ。
そんなこと言ったら、日本語はもう到底不可能であろう。「服を着る」「靴/靴下を履く」「眼鏡を掛ける」「帽子を被る」「マスクを着ける」「ネクタイを締める

本当はこの後のセリフを書きたいのだが、明らかに正しくないので、書くことができない。ただし、次の言葉は概ねあっていると思われる。フレディ・マーキュリーの力強い言葉だ。

NO. I decide who I am. I am going to be what I was born to be, as performer.

菊池亮太さんの『ボヘミアン。ラプソディー』

最後に、YouTubeでQueenで検索していたら、素晴らしいストリートピアノの演奏(菊池亮太さん)に巡り合った。いくつか聞いたのだが、私が一番気に入ったもののリンクをここに貼っておきたい。

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