2021/6/26 口に出す言葉は大事

ぎばーノート~ギバー(Giver)という生き方の記録

6月26日に、佐藤伝さんのPREMIUM朝カフェというものに参加してきた。佐藤伝さんは現在別の会社が主宰している、チベット密教の奥義秘伝を語ってくれる講座「チベットコード」の先生である。

以前「2021/6/12 お墓参りの効用」にて、チベット密教の講座のことについてごく簡単に触れたが、私は「チベットコード」の初級講座というものに参加していて、そのご縁で、今回「朝カフェ」に参加してみたのである。

時節柄、家にいるか散歩するかの日常である。人と会わないことが確実にストレスになっている。そのため、このサイクルを少しでも打破したいため、リアルセミナーであることを知り、申し込んだ。

カフェの運営を手伝ってくれている事務局の方がたくさんいて、その中の一人の方が自分の体験談を語ってくれた。その方は現在、心理カウンセラーをしているが、紆余曲折の人生だったという。

自分に自信がなく、人と話すときは常に謝っていたという。
そしてその方が、「言葉は本当に大事です」と言ったのです。自分の発する言葉が自分に暗示をかけることになると。

普段であれば、よく言われている、なんてことはない言葉であるから、スルーしたと思うが、このときなぜか自分は「ドキッ」とした。「自分が毎日発している言葉、大丈夫か?」と。

会社を辞めてから職場関係のストレスからは完全フリーな毎日。急ぎの案件もなければ、ぎりぎりの判断を迫られる局面もない。睡眠時間はサラリーマン時代と比べ、確実に1.5時間は増えた。

にも関わらず、自分は朝起きたときから、ネガティブなことを発していることに気づいた。「××の調子が悪い」「××が痛い」「全然眠れなかった」。これをほぼ毎朝妻に言っていたのである。

「何をしているんだ!」、これだけでセミナーに出た価値はあった。

また、罪悪感がものごとを現実化する一番の妨げになるらしい。これは、デヴィッド・R・ホーキンズの『パワーか、フォースか』という本に書かれているという。

ここまで書いて、その方をここでご紹介してしまっても、何ら問題はないだろうと思い直した。関根里佳子さんである。(その方の心理カウンセラーとしての活動に関心のある方は、リンクをクリック。)

話をちょっと戻すが、自分が口から出す言葉を、注意深く気にしてみると、それには、明らかな傾向があることに気づいた。家族と話しているときに、最もネガティブな言葉が出るということだ。

会社勤めをしていたとき、自分はあまり能弁な方ではなかったから、仕事外のことをペラペラしゃべることは少なかった。飲みに行けば、趣味のゴルフのことや、ニュースで見聞きしたこと、あるいは過去経験したことなどをしゃべっていたと思うが、そこにあまりネガティブな要素が入りこむ余地は少ない。あえて言えば、職場の不満や愚痴を語るときぐらいであろう。(まあ、これはジャパニーズ・サラリーマンとして避けて通ることはできないかもしれない。)

しかしながら家では、相手は全く気を使わない家族である。(この全く気を使わないという感覚がダメなんだということにも気づかされた。)つまり、言いたい放題なのである。

ちょっと仕入れた情報を自慢げに語る、最近では新型コロナウイルスに関連するあらゆる情報を、さも事実かの如く話す、政府のオリンピックありきの方針に物申す、不要不急の外出の自粛を繰り返す都政を批判する。

「問題の中心はこれだ!」と気づいた。ブログにまで書いたのだから、もう同じ間違いは決して繰り返すまい。