2021/8/15 なぜか忙しい

ぎばーノート~ギバー(Giver)という生き方の記録

本日は日曜日のため起床はややゆっくりであった。7時半に体重を記録しているので、その少し前に起きたのだと思う。

西日本で記録的な大雨災害が警戒されていたが、東京もかなりの雨量であった。そのため午前中は家にいた。
まず朝起きてからすぐ瞑想を始める。残念ながら毎度寝てしまう。その後津留晃一さんのYouTube公式チャンネルを聞く。これは津留さんが練りに練って仕上げたテキストを読み上げるものなので、聞いているうちにこれも寝てしまうのだ。

それから、江崎道朗氏の『日本は誰と戦ったのか』を読み始めた。当初この中身について、「ぎばーノート」で触れようと思ったが、あまりに書き残したいことが多いので、「本」の体験記で別途記載する。

午後、どこかでジムに行かなければならない(この考えは相変わらずだが)。雨足が少し弱くなったと思い昼過ぎに事務所に向かった(実際にはかなり降っていた)。事務所について8/14の記事を書いた(書くのはいつも翌日である。できれば、翌日の午前中が望ましいが、午後になることもある)。そして夕方前にジムに行く(8月1日以来毎日のルーチンとなっている)。

ジムから戻ってからまた先述の本を読む。この本、新書版で383ページもあるのでボリュームがあるのだ。

それと、日課にしているNetflixのBreaking Badも夕方に見る。スクリプトを止めて確認したり、下品な言葉だと想像がつきながらも、意味を確認したいときはネット検索をかけたりするので、45分では終わらない。

さて、20時から始まる英語の予習をしていない。今日はTOIECフレーズのレッスンなので、やった方がはるかに授業の効率がいいのだ。やおら18時過ぎから始めたのだが、全然終わらない。

レッスンはいつも家に帰って自分の部屋からiPadで行うのだが、今日は諦めて事務所で受講することにした。事務所はとにかく周りの部屋との壁が薄い。壁がないのではないかと思うほど、ブース式で上が開いているのではないかと思うほど周りの声を拾う(隣の共用会議室は滅多に使われないが、使われているときは、一言一句すべて聞こえる)。なので、オンライン英会話には適していない。幸い日曜日で、ほとんどの部屋が使われていなかったのがよかった。

過労死

授業後に、前の先生に返事を書くタスクを残していたことに気が付いた。今やってしまおう。
日本人はなぜそんなに働くのか。働きすぎて死んでしまうという話を聞くが本当に信じられない。
自分も少し前までは月残業100時間超はよくしていたので、それを話すと、相手は余計にヒートアップする。そして私から質問した。「海外では、アメリカでは過労死はないのですか」と。

答えは明確に「Never」であった。全くあり得ない話だという。そこまで残業する理由は何もない。なぜ自分を犠牲にするのか分からない。仮にそんなことが起きたら企業は訴えられて大変なことになる。こんな回答だったと思う。

なぜかと聞かれたので、以下のように答えたかった。
残業が多いのは伝統であり文化と言えるのかもしれない。仕事は先輩から教わる。その先輩が「自分が若かった頃はここまでやった」という。自分もその伝統に従って働く。自分が後輩を持つと、後輩に教えるようになる。そして同じことを言う。これが脈々と受け継がれていく。

ただし、これをシンプルであれ英語にするのは、今の私の能力では全く無理だ。そもそも「先輩」「後輩」が訳せない。後でチャットすると言って授業は時間切れとなった。

21時以降それに取り掛かった。ただ、過労死となると残業とは異なるから、書こうと思ったらなかなか進まなかった。そうこうするうちに、22時半を過ぎてしまった。

家に帰る途中ドン・キホーテでの買い物を頼まれ、帰宅したのは23時を過ぎていたように思う。

ベートーヴェン

家に帰ると、ベートーヴェンの全曲集が2セット届いていた。ナクソスとブリリアントが出しているもので90枚と85枚ある。これを1枚ずつ聞いていく楽しみがこれから待っていると思うと、うれしくてたまらない。ちなみにブリリアントというレーベルは全く知らなかった。1996年にオランダでできたというから、知らなくても不思議はない。実はナクソスもあまり馴染みがない。これも調べたら1987年にドイツ人が香港に設立したものだという。クラシック音楽のレーベルが、今日でも新たに設立されていることを知り驚いた。

演奏家をチェックしているとナクソスはほとんど知らない人ばかりだ。Wikipediaによれば、ナクソスが発掘した演奏家がいるらしい(例えば、ピアニストのヤンドー・イエネーなど)ので、これも楽しみだ。

今回実は17日にAmazonでもう1つ全集を買う。それがワーナーから出ているものだ。ワーナーはメジャーなレーベルだが、調べてみるとその変遷は吸収合併の連続で、何が何だかよく分からない。あの有名なEMIを吸収したようだし、EMIとて英コロンビアと英グラモフォンが合併してできた会社だとは全く知らなかった。レーベルの歴史について首を突っ込むのはやめにした。

ロマン・ロラン

さて、ベートーヴェンを極めるという途方もないチャレンジを考えている中、伝記の類も読みあさらなければと気づいた。平野昭さんというベートーヴェンの第一人者がいるので、その人の本は17日Amazonで買う予定であったが、検索する中で、ロマン・ロランに出くわした。『ジャン・クリストフ』。おー、この作品、今が読むタイミングなのかもしれないと思ったら、非常に感慨深いものがあった。

中学1年と2年のとき、担任の先生は美術の先生であった。美術はからっきしダメだったが、音楽は当時から好きであった。何のはずみでそういう話になったのか分からないが、その先生にベートーヴェンが好きであることを話したことがある。そのときに、「ならば、『ジャン・クリストフ』を読むのをお勧めします」と言われたのだ。それははっきり覚えている。そして実際に本を買った。ところが、ほとんど読まずに挫折したのである。ストーリーがつまらなくて苦痛だったのである。

そして、40年の時を経て、今ここにまたベートーヴェンの分身として出現したのである。

ロマン・ロランをWikipediaで調べると、伝記が多いことに気づく。『ミレー』 『ベートーヴェンの生涯』 『ミケランジェロの生涯』 『トルストイの生涯』 『マハトマ・ガンジー』 『ラーマクリシュナの生涯』 『ヴィヴェーカーナンダの生涯と普遍的福音』 『ペギー』である。そのうち、トルストイ、ガンジー、ペギーは同世代であり、彼自身面識がある。作家ではあるが、生身の人間に関心を持ち、人の人生というものに強い関心を持っていたのではないかと想像する。

ロマン・ロランは『ベートーヴェンの生涯』という短い作品も残している。再び『ジャン・クリストフ』で挫折しないためにも、まずはこちらから読もうと思う。

なお、『ゲーテとベートーヴェン』という芸術研究書も残している。ロマン・ロランの日本語訳の全集は、みすず書房から発行されていたらしいが、2009年1月現在絶版になっているという。日本の翻訳家が日本人に紹介すべく手がけた作品が、売れないという理由で闇に葬られてしまうのは、本当にもったいない。電子書籍の普及により、再度日の目を見る日が来るのを祈るばかりである。

こうして私の1日は終わった。寝たのは深夜1時。お金になる仕事は皆無だが、なぜか忙しい。

蛇足であるが、この原稿を書ききるのにすでに1時間50分かかっている。この間、私は書くのにほとんど悩んでいない。張陽さんのYouTubeが3時間以内というのは、やはり信じられないスピードである。