2021/9/22 気づき

ぎばーノート~ギバー(Giver)という生き方の記録

本日、最近知り合った友人と結構長い時間LINEのやり取りをした。

その話をする前に、その前日に思いついたことを書いておきたい。前日、大相撲を見終わり、半ば興奮状態で家路についたのだが、そのとき自分は、「こういった自分の感動を誰かに伝えたい」のだと思った。

ちょっと漠然としているのだが、ここでは、「自分の感動」と「伝える」がキーワードである。「伝える」手段は、私の場合主に1つ。それが書くことだと思っている。今ひたすらブログを書いているのは、私の思いをより直接的にそして感動的に伝えたいから、そのための文章力を磨いているのだと思う。

ここで伝えたいものが、「私の感動」になる。“what I was moved” と言った方がより適切かもしれない。単に何かの解説をする、あるいは批評をするのではなく、私が(それに対して)どう思いどう感じたかを文章に乗せたいのである。そこには必ずパーソナルな経験や私の人間性が反映される。だから、その文章は私にしか書けない唯一無二のものになるだろう言うほど簡単なことではない。つまらなければ、「それで?」「だから?」と思われるし、自分事ばかり書けば、「(あんたのことは)聞いてないよ」となる。それでも、「私の感動が乗っかった一流の解説」ができれば、多分それで食っていける。そんな妄想を抱いている。

お金のブロック

さて、友人とのLINEの中で、「ブログを収入につなげるのは怖いですか」という問いかけがあった。私はお金に対するネガティブな気持ちや、お金儲けに対する罪悪感などは全くない人間だと思っていたので、「全然怖いなんて思わない」と回答した。そうしているうちに語るに落ちて行った。収入につなげたいのであれば、そのようなHow Toブログはいくらでもあるので、少なくとも参考にするために見るべきなのに、それをしていない。また、昨年退職時にアフィリエイトやアドセンスの大量のHow To本を買ったのに、それも読まない。

そう、実はお金に対するブロックが強くあるのかもしれない。それに気づいていないから、お金のブロックの話を聞いても、自分には関係ないと思っていた。自覚がない訳だから、お金から一番遠いところにいることになる。

これは、他人の助けがあって初めて可能な気づきであり、すごい大きな発見であった。

ただ、だからと言って今日からすぐアフィリエイト・プログラムに申し込んだかと言えば、NOである。だから、今はまだ、お金に対するブロックがあると認識したレベルでしかない。

でも、問題を認識できたのだから大きな前進だ。

もう1つ、その友人とのやり取りを通じて、ふと思ったことがある。それは、私の優等生人生についてである。一言で語るのは難しい。でも長く書き出したら、とりとめがなくなる。なので、がんばって上手くまとめてみたい。

自分は、今までの半生、必ずしも平たんな道を歩んできたとは思えない。どちらかと言えば、山あり谷ありだった。過度にストレスがかかる状況は何度も発生した。特に海外で。それでも見かけ上、上手くやり過ごせたのは、経験を通じて徐々に獲得した、コミュニケーション術、あるいは処世術というものがあったからだと思う。

これは、私独自のものであったと思う。天性のコミュニケーション能力があったかと言えばNOであり、人たらしの処世術があったかと言えばNOである。むしろ逆で、話下手であり、愚直で賢く立ち回ることは苦手であった。それでも、多くの人にコミュ力が高いと思われた。そして、自分でもコミュ力でサラリーマンを生き抜いたと錯覚した。

そのコミュ力が砂上の楼閣だったのではないかということに気づいたのが、前職を辞める1年間だった。これを話しだすと切りがないので、具体的な話は割愛するが、この間、海外のメンバーファーム(グループ会社)とのコミュニケーションは不調を極め、クライアントともぶつかりまくった。

そして、本日の友人とのLINEのやり取りを通じて、あっ、今まで自分が築いて来たコミュニケーションのしかた・取り方は、本当の自分を覆い隠すために形成されたものかもしれない」、という気がしたのである。

武骨、情熱的、精神的

本当の自分はもう少し武骨ではないか(実際、中国にいるとき、全く違う自分が出現して驚いた)、もう少し情熱的ではないか(でなければ、ベートーヴェンやゴッホを敬愛しないであろう)、もう少し精神的なものに重きを置いていないか(でなければ、今まで出会った人のご縁を説明できないであろう)。

まず、これ(本当の自分を見せないマイルドな人当たり・つつがないやり取り)が本当に蓋なのかどうか探ってみよう。40年ぐらいかけて形成されたものなので、堅牢堅固かもしれないが、もしこれが本当に自分を覆い隠している「蓋」であるならば、お金のブロックの話以上に、とんでもない発見であり、とても自分一人で見つけられるものではない。

友人に心から感謝の気持ちを述べたい。いつも本当にありがとうございます。