はじめに
斎藤静樹氏は、東京大学名誉教授であり、企業会計基準委員会(ASBJ)の初代委員長を務めた、日本の会計学者の重鎮であります。
2014年12月に「企業会計入門——考えて学ぶ」という本を有斐閣から上梓しました。
大学教授らしく、冒頭のはしがきに「本書は企業会計の入門書です。大学2~3年生ぐらいを念頭に書かれています。・・・ただ覚えるだけでなく、基礎となる理屈を学ぶことで知識や経験を補う入門書を書きたいと思ってきた次第です。」と書かれています。
しかしながら、読んでみますと全く初心者向けではありません。文章はシンプルですが、内容は本質的で奥が深く、公認会計士にとっても勉強になることばかりです。
この本は、副題に「考えて学ぶ」とあります通り、各章の末尾に学んだことを基に知識の整理や応用を試みるための演習問題「Discussion」を加えています。
この演習問題を取り上げ、私なりに感じているところを書いてみたいと思います。
会計情報の役割
余裕資金の投資先を検討しているあなたが、ある会社の事業にそのお金を貸してほしいと頼まれたとします。当然あなたは、問題の会社がどのくらい財産をもっていて、どのくらい借金をしているかという財政状態と、どのくらい儲かっているかという経営成績を知ろうとするでしょう。
しかし、財政状態がわかったとして、そもそもあなたは、その情報をどう使うつもりなのですか。経営成績の情報についてはどうですか。両者を比べて、どちらの情報により大きな関心がありますか。それはなぜですか。その結論は、お金を貸す場合と会社の株式を買う場合とで違いますか。
『企業会計入門』 斎藤静樹著 有斐閣 P34
財政状態・経営成績
まず、財政状態と経営成績という専門用語が出てきます。財政状態というと難しく聞こえますが、会計の世界では、貸借対照表が示しているものを財政状態といいます。経営成績はあまり解説を必要としないと思いますが、損益計算書がそれを示しています。
問いの初めに、さらっと「当然に」と書かれていますが、お金を貸すときに、この2つを知ろう、この2つが大事と思ったならば、すでにあなたは会計の素養があります。
さて、問いは「その情報をどう使うつもりか」となっています。
財政状態の情報は、貸借対照表に示されています。そして、経営成績の情報は損益計算書に示されているわけですから、問いはこの2つをどう使うつもりなのですかといい変えてもよいと思います。
貸借対照表・損益計算書
貸借対照表には、会社のある時点の資産と負債それに資本の明細が示されています。資産は、主に、現金預金、売掛金、在庫、固定資産をイメージすればいいです。負債は、買掛金、借入金がイメージできれば十分です。資本というのは会社の元手です。これが当初より増えているのか減っているのかという結果が、この資本に表れるのです。(分かりにくければ、単に資産と負債の差額と考えてもいいです。資産>負債なら資本は正だし、資産<負債なら資本は負となります。皆さんは「債務超過」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは、負債が資産を超過している状態を指します。)
さて、お金を貸す際、この情報をどう活用するかというのが問いになっています。
おそらく、①現金預金が大量にあれば安心ではないでしょうか。現金預金が少なくて②売掛金が大量にあると、本当にこの売掛金は回収できるのかと考えないでしょうか。③在庫が多いと、本当にその在庫は売れるのかと思うのではないでしょうか。④固定資産は文字通り長期にわたり使用するものです。これを使ってモノを生み出し、製品を販売するという行為を通じてお金を回収することになります。
こう考えていくと、②③④の順番で換金可能性が高いことが分かります。もう少し正確に言えば、換金されるまでの時間が短い順と言えるでしょう。
一方、負債はどうでしょうか。このうち、買掛金は、売掛金・在庫とセットで考えるのが分かりやすいと思います。「売掛金+在庫-買掛金」が将来現金預金に変わっていくことになります。ですから、この数字がマイナスだと、とりあえず要注意ということになります。ちなみに、「 売掛金+在庫-買掛金 」のことを「運転資金」あるいは「運転資本」と言ったりします。
より重視すべきは借入金です。借入金がすでに多ければ、あなたがお金を貸すことで、さらに借入金が増えることになります。返済原資(現金預金、売掛金、在庫、それに上で述べた運転資金)で賄えないとなると、要注意と考えることができます。
本来は、固定資産も含めて議論すべきですし、借入金には短期と長期があるので、それを分けて説明すべきですが、ここでは話が複雑になるので割愛します。
さて、ようやく損益計算書に来ました。ここには、会社のある期間の売上と費用と利益の明細が示されます。損益計算書はあまり説明を要しないと思われます。売上-費用=利益です。利益が多ければ多いほど、その分企業に現金預金が増えると考えて下さい。
ここでまとめると、貸借対照表を見て、貸付金の返済が安心だと思える資産構成かどうかを知り、損益計算書を見て、その会社の儲けの能力を知ります。その結果、貸したお金が期日にしっかり返って来るかどうかをある程度見極めることができます。
貸借対照表・損益計算書の比較
どちらに関心があるかという問いに対しては、こんな整理をしておくとよいかと思います。貸借対照表はストック、損益計算書はフローです。つまり、前者はある一時点における会社の資産・負債・資本の状態を示しています。一方、後者はある一定期間における会社の儲けの結果を示しています。
一定期間を、会計期間といい、通常は1年間に定めます。
ある会計期間における儲けの結果が、会計年度末時点の貸借対照表に反映されるという関係にあります。
どちらが大事でしょうか。私の意見はどちらも大事です。お金を貸したら、将来の一定期間後に返済されるものなので、会社の儲けの能力は知っておきたいですし、今時点の貸借対照表の安全性(健全性)も知っておきたいからです。
お金を貸す・株式を買う
ある会社に資金供与する方法は2つあります。1つは貸付をする、1つは投資をする(株式を買う)です。これらの大きな違いは、前者は一定期間後に利息を付けて返してもらうこと、後者は返済を求めないことです。その代わりに会社が儲けた結果を配当という形で還元されること、また株価が上昇することを期待しています。
詳しく書くと、いろいろ論点が出てきますので、ここでは単純に元金の返済を求めるか否かのみに触れます。
そうだとすると、前者はより回収可能性に注目することになります。後者は当面の回収可能性ではなく、会社の将来性に期待します。
そのため、私であれば、株式を買う場合は、より損益計算書に注目します。直近までの儲けの能力が分かることで、将来性を占えるからです。
ちなみに、「株式を買うということは返済を求めない」と書いた前提に違和感をお持ちの方も多いと思います。株式は自由に売買できるからです。株式を売るというのは、実は会社に返済を求めているのではないのです。別の投資家があなたから株式を購入するということです。そう考えていただけると多少違和感が減ったのではないでしょうか。
補足
今回は、すべて文章で書いているので非常に分かりにくかったと思います。今後、図解できるよう、鋭意分かりやすい見せ方の勉強をしていきます。