【中国古典】 『春秋左氏伝』を始めるにあたり①

きっと役に立つ!「中国古典」を真剣に読んでみる

『春秋左氏伝』は、孔子の編纂と伝えられている歴史書『春秋』の代表的な注釈書の1つで、紀元前700年ごろから約250年間の魯国の歴史が書かれているものである。

きっかけ

次女は私立の中高一貫校に通っているが、夏休みに入る前に、図書館から各先生のおすすめ本をまとめた「特別号」が配られる。中一のときにもらった「特別号」に、ある先生が勧めていたのがこの本であった。

娘の目には留まらなかったが、私の目に留まった。その先生は、サムネイルの写真にある岩波文庫の上中下の3巻セットが一番おすすめと書いてくれていたので、中高生向けならば読みやすいだろうと思い、そのときに迷わず買った。

当初、このコーナーは『紅楼夢』から始めようと思っていたので、『春秋左氏伝』は本棚に眠っていたのだが、『紅楼夢』よりこちらの方が、ブログ紹介するには適しているのではないかと考え始めた。

「春秋左氏伝 隠公元年①」を書いたときの気づき

実際に読み進めてみると、スルスルと行ってしまう。でも、あまりにつかみどころがなくて、いつになったら書きたいと思うエピソードが出てくるのだろうとも思った。「呉越同舟」とか「臥薪嘗胆」など、そういったドラマがちりばめられていると思っていたからだ。

なかなか出てこないので、読み飛ばしたかと思い、もう一度読み返してみると、確かに、「夏五月、鄭伯、段ニ鄢ニ克ツ。」などは取り上げてもいいのかなと思った。

それでも、あまり感想は浮かばない。困ったなと思いながら書き連ねていたとき、ふと、「これはもしかして自分が無知なだけであって、教養がある人にとっては、すべてが含蓄のある意味を持っているのではないか。」そう思い始めたのである。

そこで、最初にタイトルに入門書と書かれている安本博氏の「春秋左氏伝 ビギナーズ・クラシックス」を買った。果たして、私の予想は的中していたのである。

「京の民が大叔段から離反した」の一句に対して、「力のみでは人を治めることはできないこと、道義の欠落した人心収攬は成り立ち得ないこと、成立しているようにみえてもそれは一時的、かつ不安定であることがここでは主張されているのではないでしょうか」と解説していた。「えーっ、たったこの一句でそこまで解釈するの」と驚いた。

そして、最も驚き、一旦待てと自分にブレーキがかかったのが、次の解説である。
『鄭伯』とするのは、弟を善導できなかった点が批判されている「出奔」したと記されていないのは、そう書くのを憚ったのである。」これは、本文の日本語訳だ。
それに対し、「経文が『鄭伯』とはっきり称しているのは、荘公が兄として弟を正しく教え導く道を踏み外していたことを譏ったのである。鄭伯荘公の本心・意図が弟の段をはじめから殺すことにあったことを謂っているのである。経文に段の出奔を言っていないのは、鄭伯が弟を殺すつもりだったので出奔というのをはばかり避けたのである。」と解説しているのだ。

弟をはじめから殺すことにあったことが、正しく教え導く道を踏み外していると譏られた理由なのか!
岩波の小倉訳では、訳者注として[鄭伯の方にも責任があるので]と書かれていたが、ここでは違う解釈をしているではないか。

ここまで解釈を深堀することはとても私はできないと思った。

極めつけはこれである。「伝文概要②」に書いた話を受けて、

 多くの読者の皆さんはどうして母子の再会がこのような屈曲した経緯をとってなされているのか、不可思議に思われると思います。儒教の孝道倫理では、親がどんなに非道であっても、子は親に対して孝を尽くすことが孝道の基本でして、親子関係は双務性の上に成り立つ根拠をもっていないのが、大原則です。子の親に対する絶対的尊崇や服従こそが孝の内容と言えます。

 こうした視点に立ちますと、荘公の母姜氏に対する奉養の仕方は、子としての道を逸脱していること甚だしいと言えるでしょう。しかも共叔段の出奔後の母への処断です。にもかかわらず、『左伝』はそうした荘公の不孝については問題にしていません。専ら母子関係の修復に関心が向けられています。

 このように見てきますと、この伝が提起している問題点は、ことばの重大さということではないかと考えられます。

 一端発せられたことばに最大限の信実性をもたせようとするならば、地下道を掘って再会することしか許されないと考えているのではないでしょうか。 

『春秋左氏伝 ビギナーズ・クラシックス』 安本博 角川ソフィア文庫 No.902

参りました!お許し下さい。

これは儒教を最低限知っておかないと、笑いものになると思った。孔子の『論語』のさわりは見ておこうと思ったのである。

春秋左氏伝についての豆知識

さて、春秋左氏伝について、安本氏は、「『春秋』と『左氏伝』という二つの書物が合わさったものだと言うことも出来ます。成り立ちの経緯から言いますと、二つのものとして分けて考える方が理に適っています。」という。

そして、五経の一つである『春秋』は、魯史に孔子が手を加えて編纂した歴史の書とされているが、実際どうかは全く分からない。恐らく、孔子が『春秋』を制作したと考えない方が真っ当な歴史感覚ないしは歴史認識だと説明している。

孔子が編纂した『春秋』とは「経文」を指すので、「夏五月、鄭伯、段ニ鄢ニ克ツ。」。たったこれだけの文章だ。これを「伝文」が解説する。そして、その解説が不十分なところを、専門家の安本氏が、さらに補って斯様に解説しているのだ。

なぜ、そこまで深く解釈するのかと言えば、やはり『春秋』を孔子が編纂しているという伝説からスタートしているのである。
安岡氏の言葉を借りればこうなる。「『春秋』には、孔子の理念と精神が込められていると考えたので、その精神と理念── 微言大義を探り出そうとする試みがなされることになります。どのような微言つまり微妙な言い回しがあって、それを読み解くと重大な理念や精神つまり大義が読み取れるかと考えたのです。
経文に孔子が関わっていないのであれば、こうはならない。

ちなみに、松枝茂夫訳の『左伝』もある。こちらはこちらでまた、訳文を読むとかなりニュアンスが違う。分かりにくい箇所を、かなり大胆に訳者が補って訳している。

ここまで他の本に当たってみて、やはり岩波の小倉訳が、テキストとしては一番適していると思った。小倉訳はは原文に忠実である。その分漢語が多いし、言葉遣いも古めかしいが、余計な解釈は最小限に抑えられている印象だ。

また、そもそも、松枝訳も抄本であって、全部が訳されている訳ではない。実質一択だったのだ。