『禁断の中国史』 百田尚樹著 飛鳥新社 2022年7月

バブル世代の書評ブログ

中国関連★★

紹介文

著者曰く、「中国」「中国人」の本質を知るための中国四千年の歴史。それは、虐殺の歴史であった。他の民族には見られない残虐性、宦官・科挙・纏足といった仕組みや文化、中国人の基本的なものの考え方などが示されている。中国共産党の暗黒史も掲載。中国礼賛派に読んでほしい一冊。

きっかけ

電車の広告でこの本の存在を知った。そしてYouTubeでの著者ご自身のアピールや、虎ノ門ニュースで著者と共演している有本香氏の評論を聞いて、読んでみようと思った。

全体としての雑感

この本は、日本は過去から中国文明を輸入して多くを学んで来た、中国文化には優れた古典・歴史書が存在し、それを知ることが教養である、と思っている多くの日本人に対して、それは完全な「誤解」であることを知ってもらうために、意図を持って書かれた本である。
そのため、日本人の中国幻想を打ち砕くための衝撃的な内容だけを拾った本とも言える。

日本では総じて、「中国四千年の歴史」という言葉を鵜吞みにして、日本の歴史よりもはるかに長く、過去においては日本よりも優れた偉大な国だったという思い込みが強い。

いろんな要因があると思う。仏教伝来、『四書五経』などの古典、そして『三国志』などの小説の影響。清以降の中国に対しては、決して日本より進んでいる国とは思っていないが、昔の中国はすごかったという漠然とした憧れがある。

斯くいう私も少年時代『三国志』を読んで中国に魅せられた。そして中国に多く関わる人生を歩んできる。

そういう私のような、ある種典型的な日本人に対して、「全くの幻想だ、目覚めよ」と、執拗にトンでも史実を披露したのが本書である。

私は「偉大な」とか「優れた文化の」という称号にふさわしい国は、「立派なモラル」を持つ国であると思っています。モラルに欠け、人間性を著しく失った国は、いかに高度な文明を持っていても偉大な国でもなければ、優れた文化の国とも言えません。「四千年」の歴史を持つと豪語する中国ですが、残念ですがそこにモラルがありません。少なくとも私たち日本人が考えるモラルはそこにありません。わかりやすく言えば人道や人権が完全に欠落しています。

『禁断の中国史』 百田尚樹 飛鳥新社 P1-2

「まえがき」からの引用であるが、『禁断の中国史』を通じて、「中国」および「中国人」を貶める悪意を持って書かれた本と言ってもよいと思う。

そのため、悪趣味だと思う人、嫌悪感を持つ人は、読まない方がいい。

一方、私のように少なからず中国に向き合ったことがある人、あるいは中国の歴史に造詣が深い人、中国に何度も旅をして、その悠久の名所旧跡に憧憬を抱いている人には、お勧めの一冊である。

その思いや見方が一方的なものかもしれないからである。

虐殺の歴史

いくつか気になった話をここに記しておきたい。

遣隋使や遣唐使で日本は多くの文化を中国から輸入したが、宦官の文化と凌遅刑(人間の肉体を百回切り取って殺す、皮を剝いで殺すなど、残虐極まる殺し方)は入れなかったという見立てが書かれている。

文物中心で考えると、この見方はこじつけのような気もするが、派遣者は、隋や唐で「先進的な技術や政治制度や文化、ならびに仏教の経典等の収集」目的として1~2年生活をしたわけなので、これらのシステムも目にしていたのだと思う。

話しは全く変わるが、著者は劉邦について酷評している。

「劉邦のほうはどっしりと構えていてスケールの大きい人物というイメージで描かれることが多いのですが、劉邦に関しては真っ赤な嘘です。劉邦というのはたいした能力もないのに、実に残忍な男でした。」

これは本当にそうなのか。司馬遼太郎の『項羽と劉邦』では、項羽と対比して人望が強調されている。小説と言ってしまえばそれまでだが、中国においても司馬史観が日本人を洗脳しているのかもしれない。

「太平天国の乱」を指揮した宗教家の洪秀全は、ナンバー2を粛清し、一族郎党、関係者と家族の約四万人を虐殺したという。その後、清の曽国藩が南京を陥落させ太平天国を滅亡させるが、3日間で十万人を殺したという。

食人

この章の冒頭で著者は、「読むのに覚悟が必要」と言っている。

「人肉を食す」という行為は、ヨーロッパでも日本でもあったが、多くの場合、大規模な飢饉に襲われたケースであった。一方、中国では古来「人間を食べる習慣」があった。あっさり書くとそうなる。

東洋史学の碩学、桑原隲蔵(くわばらじつぞう)が大正13年に東洋学報に書いた論文から、以下の引用がある。

「支那人は世界に誇負すべき悠遠なる文化を有せるに拘らず、彼らは古代から現時に至るまで、上下三千余年に亘って、継続的にCannibalism(注:食人のこと)の蛮習を有つて居る。恐らく世界の中で支那人程、豊富なCannibalismの史料を伝へて居る国民は他にあるまい。古代から支那人が食人肉の風習を有したことは、経史に歴然たる確証が存在して、毫も疑念の余地がない」

(中略)彼は中国の食人を五つのケースに分けています。「飢饉の時」「籠城して糧食尽きた時」「嗜好品として」「憎悪による食人」「医療目的」です。

『禁断の中国史』 百田尚樹 飛鳥新社 P71-72

敢えて強調するのが気が引けるのでハイライトはしないが、「嗜好品」であると言い切っている。

台湾生まれの作家の黄文雄は、『「食人文化」で読み解く中国人の正体』(ヒカルランド)で、中国史の歴史書の中で、飢饉による「人肉食」が記された箇所は百十九回、「人相食む」という記述は千八回、「子を取り替えて食う」という記述は二百三十六回もあった、と書いていることも紹介している。

例として、春秋戦国時代の斉の桓公が、山海の珍味をこよなく愛する食通であったが、料理人の易牙(えきが)が小さな我が子を殺し、その肉で人肉スープを作った話が紹介されている。

これは、中島敦の『名人伝』にも出てくるから有名な話なのだろう。「美食家の斉の桓公が己の未だ味わったことのない珍味を求めた時、廚宰の易牙は己が息子を蒸焼にしてこれをすすめた。」(『名人伝』 中島敦より)

日本人が読む吉川英治の『三国志』には出てこない話だが、劉備玄徳は呂布に敗れて逃亡中に、漁師の劉安から肉料理のもてなしを受けた。それは妻の人肉であった。そして、「後日、劉備が曹操に会ってその話をすると、曹操は大いに感動し、使いの者を出して劉安に金百両を与えました。」と書かれている。

『資治通鑑』には唐の時代、ある市場での人肉の値段が一斤百銭、犬の肉は一斤五百銭、と書かれているという。

明の時代にイエズス会の修道士であったマルティノ・マルティニが書いた『古代中国史』にも、「人間の肉が豚肉と同じように公然と市場で売られている」との記述があるらしい。

清時代に編まれた説話集『唐人説薈(とうじんせつわい)』に書かれている驚くべき話は、ここには書かない(書けない)。食人については、この件(くだり)を読むだけで十分かもしれない。

ちなみに、中島敦の『山月記』はこの本の中の「人虎伝」が素材となっていると書かれている。中島敦が中国古典に求めたのは、面妖なそして猟奇的な世界だったのかもしれない。

宦官・纏足

宦官が正式に全廃されたのは、中華民国が成立した1912年。纏足も同じ頃に廃れ、文化大革命で完全になくなったというから、100年前には存在していたことになる。

宦官はもともと、異民族を征服して奴隷とした男性を去勢したのが始まりだという。敵対する異民族の子孫が増えるのを防ぐ目的だったかもしれないと、著者は推測している。

また、王の後宮では、房事の段取りをするために去勢が必要だったという。分からなくもないが、なぜ中国だけが宦官の長い歴史を持っているのかは不思議である。

ここには、宦官の武勇伝がいくつか紹介されている。

読んでいて思ったことは、宦官が中国の歴史に与える影響は思っている以上に大きいことだ。始皇帝に愛された宦官の趙高は、始皇帝の死後長男の扶蘇を自殺に追い込み、末子の胡亥を即位させ、自らの傀儡とする。始皇帝の息子たちをに罪を着せて始末し、大臣の李斯も処刑する。最後には胡亥も殺したという。

誰もいなくなった秦は始皇帝の死後わずか三年で劉邦軍に敗北し滅亡したとある。宦官一人が歴史を変えてしまったのである。

明の天啓帝の時代に活躍した宦官の魏忠賢は、政敵を次々と拷問の末殺し、「堯天舜徳至聖至神」を名乗ったという。その後すぐ李自成によって明は滅亡するが、魏忠賢の政治家の粛清が遠因ではないかと書かれている。

科挙

このことは本書にも触れているが、宮崎一定氏の『科挙』を読むに如くはない。

難易度は最も厳しかった時代は三千倍だという。

原則14才以下が対象の「童試」には、「県試」「府試」「院試」がある。「県試」は五次試験があり、「府試」は三次まであり、「院試」は四次、これに通って初めて国立学校の生徒になれる。

それからが本当に科挙の始まりで、「科試」「郷試」「会試」「殿試」と続く。「科試」は予選、「郷試」からが本番。

受験生はこの部屋で、二泊三日籠って、答案用紙に取り組みます。食事が出されることもないので、受験生たちは米と炊事道具を持ち込み、試験中に米を炊いて食事をします。水だけは施設の中にたっぷりとあったようです。

試験中は施設の入り口に鍵がかけられ、私見が終わるまでは絶対に開けることはありません。つまり試験中はどんなことがあっても施設の外に出ることができないのです。仮に受験生が急病になってもです。もし運悪く死んだ場合は、係官がその死体を施設の外に投げ出します。

『禁断の中国史』 百田尚樹 飛鳥新社 P144

「郷試」に合格すると、挙人となり、おそろしいほどの名誉を得る。

そして「会試」が最後の本番だが、その前に挙人覆試と呼ばれる予選がある。そこできわめて成績が悪いと挙人の資格も剥奪されるという。絶対評価か相対評価か書かれていないが、後者と考えるなら、天国から地獄を見る人が必ずいるということになる。

科挙については、Wikipediaの清代科挙試験一覧表が非常によくまとまっている。

さて、科挙には際限がないのだが、著者は「壮大な無駄」と言い切っている。なぜならば、試験範囲はただ一つ、中国の古典の『四書五経』だからだ。科挙のための本格的な勉強を6歳くらいから始め、合格者の平均年齢が36歳というから、筆者の意見に大いに同意せざるを得ない。

中国共産党

毛沢東の基本戦略が分かりやすく書かれている。

第一次国共合作について、軍閥との戦いに悩まされていた孫文が、ソ連の資金援助と引き換えに中国共産党幹部の受け入れをのんだと説明している。これは初耳であった。ところが、改めて世界史の教科書を読み返してみると、「ソ連の援助を受け入れて」と書いてあった。「ソ連は国民党に資金援助する代わりに」と同じことを言っているのかもしれないが、頭への残り方は全然違う。

さて、この章は、石平氏の『中国共産党 暗黒の百年史』(飛鳥新社)を参照しているようだ。

まず、毛沢東はなぜあれほどの勢力で蒋介石に勝ったかと言いますと、兵隊をたくさん集めたからなのです。その集め方を中国はほとんど明かしていませんが、「一村一焼一殺、外加全没収」です。

(中略)村のゴロツキを仲間に引き入れ、地主の家に乱入し、家族を縛り上げて拷問し、全財産を奪い、土地の契約書などを燃やしてしまう。

(中略)その後、共産党員たちは村人を一ヶ所に集め、地主を人民裁判にかけて、その場で死刑にします。

(中略)村人の中から屈強な若者を党員にし、次の標的の村に向かいます。

中国共産党はこれを繰り返すことによって、わずか五年で三千六百万人が住む地域を支配しました。その間に殺された地主は約十万人です。

『禁断の中国史』 百田尚樹 飛鳥新社 P200

1948年の長春の悲劇についても触れられている。これは、遠藤誉氏の『卡子』に実体験が詳細に語られているであろう。(もう何年も本棚に眠っている。父親が先に読んで泣いていた。)

さて、1989年に起こった天安門事件に対して、自由主義諸国は経済制裁を含む様々な制裁を加えたところ、日本政府は対中制裁に反対した。同年7月のG7サミットでは共同制裁は見送られたという。

当時の首相は宇野宗佑、外務大臣は三塚博。「なぜ二人がこんなにも中国のために骨を折ったのかは諸説あり今も不明です。」と書かれている。

気になってネットで調べてみると、日経新聞の記事「日本、G7首脳会議「1対6」 天安門で中国と欧米の板挟み(外交文書公開)」に出会った。この献身的な中国擁護の裏に何があったのかは分からない。著者の言うように、儒教の素晴らしい国という「中国に対する憧れ」があったのか、第二次世界大戦における中国に対する贖罪意識なのか。

当時学生で、地域研究学科のアジア分科に入ったばかりの私は、日本政府の「長期的、大局的観点から得策ではない」とする考えをばくぜんと支持していた気がする。それは、山崎豊子の『大地の子』を読んで涙した時代と重なる。私の親世代は「憧憬」と「贖罪意識」、私自身は少年時代に読んだ『三国志』から受け継いだ「憧憬」に収れんされていく気がする。

私は以前から日本人の中国文化への誤った憧れに対して警鐘を鳴らしてきました。日本人の中国観は、日本人作家が書いた『三国志』や『水滸伝』などで、完全に歪んだものになっています。日本人作家は『史記』などにある物語を日本風に換骨奪胎して、とても魅力的な登場人物にして描いています。敢えて言えばそれらは中国を舞台にした「日本の物語」です。そこには本当の中国人の姿はありません。

『禁断の中国史』 百田尚樹 飛鳥新社 P213-214

ぐうの音もでない。まさに私がその典型だ。

私の主張は間違っていないと今も思っています。そして本当の中国人の姿を知りたければ『資治通鑑』を読むべきです。ここには中国人がどれだけ汚くて、ずるくて、策略を喜び、相手を騙すことに長けているかが、これでもかというくらいに書かれています。毛沢東の愛読書であったことは第七章でも書きましたが、彼の行いを見ているとさもありなんと思います。

『禁断の中国史』 百田尚樹 飛鳥新社 P214

自らを中国ウォッチャーと名乗るのであれば、『資治通鑑』は必読書だと改めて思った。しかしながら、本書のあとがきにも書かれている通り、『資治通鑑』の全訳は、いまだにわが国では翻訳出版されていないようである。(ただし、Kindle電子書籍で、徳田隆という「自称 中国歴史研究家」が全訳を出されている。)

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